REPORTS レポート
2026年2月4日

グローバルレンズからみた米国反DEI政策の向かう先

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第2次トランプ政権発足以降、米国では政治的反発の回避や保守層への配慮を背景に、DEI (Diversity, Equity and Inclusion) を巡る議論が大きく揺れ動いている。本稿では、米国の反DEI政策の動向を起点に、欧州・カナダ・日本の対応を比較しながら、日本企業が今後目指すべきDEIのあり方について考察する。

1. 政府主導の反DEIを追随する米国企業

2010年以降、欧米ではBlack Lives Matter運動やMeToo運動といった社会運動を契機に、企業や教育機関におけるDEI推進が急速に進展してきた。しかし現在、その流れには明確な揺り戻しが生じている。トランプ大統領は就任直後、DEIを「税金の無駄遣いであり、恥ずべき差別を助長するもの」と批判し、関連予算の大幅削減を命じる大統領令を発令した。これを受け、アマゾン社やマクドナルド社は、年次報告書や会社方針からDEIに関する表現の削除や修正を行っている。

世論の変化も顕著だ。2024年のピュー・リサーチ・センターの調査によれば、米国の労働者の間で職場におけるDEI施策への評価が年々否定的になっている。背景には、「逆差別」への警戒感や不満の高まりがあるとされる。米国社会では近年、人種やジェンダーなどをめぐる分断が一層顕在化しており、DEIの推進が一部の層にとって「自身の権利や立場を脅かすもの」と受け止められている。特にアファーマティブ・アクション(積極的格差是正措置)は、マイノリティの進学・就労機会を拡大してきた一方で、保守層からは長年「逆差別」との批判を受けてきた。2023年には連邦最高裁判所が人種を考慮した大学入学選考は違憲と判断し、制度的な転換点を迎えている。

ジェンダー分野におけるDEIへの反発は、スポーツ業界にも波及している。例えば、女子スポーツへのトランスジェンダー選手の参加をめぐり、「身体的優位性による不公平」や「接触競技での安全性」への懸念から反対意見が増加している。トランプ大統領は、トランスジェンダー選手の女子競技参加を禁じる大統領令を発出し、これに従わなかったペンシルベニア大学は1億7500万ドルの政府の補助金支給を凍結された。

LGBTQへの過度な配慮を疑問視する声は、エンターテインメント業界にも影響をおよぼしている。2022年、フロリダ州で小学校低学年の児童に対する性的指向やジェンダーアイデンティティに関する教育を制限する、いわゆる「Don’t Say Gay」法案が提案された。同州最大級の雇用主であり、DEIに積極的と見られていたウォルト・ディズニー社は、同法案に対する明確な立場表明を避け、LGBTQ支援団体や従業員の失望を招いた。

こうした社会的な潮流の中で、トランプ大統領をはじめとする保守層の政治指導者は、DEIをリベラル勢力による「過剰な社会介入」と位置づけ、反DEI感情を喚起しながら支持基盤の拡大を図っている。

2. DEIのバックラッシュは世界に波及するのか

米国発の反DEIの余波は欧州に届いているのか

米国と欧州はいずれも国際社会に大きな影響力を持つが、DEIをめぐる制度的背景や価値観には本質的な違いがある。そのため、反DEIの動きに対する企業の対応にも明確な差がみられる。2024年3月、トランプ政権は欧州各国の大使館を通じて、米連邦政府と取引する欧州企業各社に対してDEIプログラムの廃止を求めた。しかし実際には、欧州でDEI施策を撤回した企業や政府の事例はほとんど確認されていない。背景にあるのは、EU加盟国に共通するDEI政策の制度的な堅牢さである。

欧州では、第二次世界大戦とホロコーストの歴史的な反省を踏まえ、人権尊重を経済統合の祈願に据えた欧州連合(EU)が構築されてきた。差別禁止やジェンダー平等(役員のジェンダーバランス、賃金格差の是正)に関するEU指令(Race Equality Directive(2000/43/EC)やGender Equality Directive(Recast Directive, 2006/54/EC)等)と、加盟国内における法整備により、DEIは制度として社会に深く根付いている。これは米国と欧州における「人種」や「差別」の捉え方の違いにも影響している。

米国では公民権運動による黒人差別に関する訴訟や判例に基づいた権利救済の歴史がある一方、欧州ではEU統合の達成に向けた多様な背景を持つ人々の社会包摂のため、EU指令を通じて加盟国横断的に差別禁止を義務づけ、人種や国籍、性別や障がいの有無、LGBTQの権利も含めた包括的な枠組みを整備してきた歴史がある。この制度的差異が、反DEIへの姿勢の違いを生んでいると言える。加えて、近年ではCSRD(企業サステナビリティ報告指令)により、DEI関連データの開示も義務化されており、欧州企業にとってDEIがもはや前提条件となっている。

フランスを例に取ると、その揺るぎなさは際立っている。グローバルマーケティング・リサーチ会社IPSOSの調査では、極右支持層を含む多くの国民が企業のDEI施策継続を支持しており、政府も米国からの圧力に即座に反発した。フランスは長年にわたり、移民、障がい者の包摂やジェンダー平等に関する法整備を進めており、制度・文化の両軸からDEIの定着が図られている。20年以上DEIに取組むロレアル社は、DEIを「イノベーションと成長の源泉」と位置づけ、DEIへの逆風が吹く中でも企業戦略の中核に据え続ける意志を表明している。同社では、DEI担当責任者の設置と定量的な目標設定を基盤とした、障がい者、LGBTQ、難民、シニア・若者等の多面的な社内包摂施策に加えて、取引先企業へのDEI要件導入やマイノリティ起業家支援を通じてバリューチェーン全体で包摂性を拡大している。イギリスやオランダなどでも同様に、米国発の反DEI圧力に動じることなく、制度と価値観の両面からDEIを維持する姿勢が見られる。

米国最大の貿易相手国、カナダの対応

米国の反DEI動向を考えるうえで、地理的・経済的に極めて密接な関係を持つカナダの反応は極めて重要である。

一部のカナダ企業では、米国市場を意識してDEI関連情報の開示を控える動きが見られる。例えば、カナダロイヤル銀行ではインクルージョンを重視しつつもダイバーシティに関する外部発信を控える姿勢を示している。しかし、これはDEIからの撤退ではなく、外部環境を踏まえた戦略的なトーンの調整に過ぎない。むしろカナダでは、米国のバックラッシュを受けてDEIの価値が再確認されている。2025年初頭には、350名以上のIT業界関係者がDEIの継続を支持する公開書簡に署名し、国際的なメディアの祭典であるバンフ・メディア・フェスティバルでも業界全体でのDEI強化が宣言された。この背景には、カナダが多文化主義を国家理念とし、制度的・文化的にも深く根付かせているという特性がある。これは移民国家としてのアイデンティティであり、多様性の尊重は社会統合と経済成長の鍵とされてきた。とりわけ、成長産業であるIT業界では、多様な人材の確保・定着がイノベーションと競争力の源泉であり、DEIの後退は企業価値を損なうリスクと認識されている。

カナダと米国は互いに最大の貿易相手国として密接な結びつきがある。カナダは米国の反DEIの空気に最も近くで触れる立場にありながらも、むしろその状況を契機として「DEIの本質的価値とは何か」を問い直し、各社が守るべき姿勢を再確認していると言えそうだ。

日本型のDEI推進の背景と現状

日本におけるDEIの議論は、戦後復興期以降、男女均等待遇論を中心に議論されてきた。近年では、少子高齢化による人材不足を背景に、多様性が企業の経済合理性の一部としてとらえられるようになっている。日本企業にとって、多様な人材の確保と活躍は企業の生存戦略と直結そのものであり、DEIは価値観や政治的対立を超えた実務的なアジェンダと位置付けるべきである。近年は、女性活躍推に加え、障がい者雇用、LGBTQを含むジェンダーインクルージョン、年齢や国籍の多様性へと関心が広がっている。特にBtoC企業では、顧客多様化への対応としてDEIが戦略的に導入されている。また、人的資本経営の観点からも年齢、性別、国籍等の多様な人材の活用が注目されている。実際に、採用・昇進制度の見直しや社内コミュニケーションの多様化に取り組み、企業価値向上と従業員エンゲージメントの両立を図る企業も増えてきている。

2025年夏の参院選では外国人政策が争点となり、日本でも関心は高まったが、人材の確保と競争力の強化は企業が取り組むべき目下のアジェンダという位置づけは変わらない。日本企業は外圧に左右されることなく、DEIを人的資本経営のアジェンダに組み込んでいくべきだ。

3. DEIの今後と企業の在り方とは

米国では、政治的圧力により一部の企業が外向きのDEI施策を見直しているものの、必ずしも全ての企業がその根底にある価値観まで放棄しているわけではない。発信におけるDEI表現を取り下げたアマゾン社やマクドナルド社も、包摂性を高める社内の取り組みについては維持することを表明している。デルタ航空は、年次報告書にてDEIの表記を大幅に削減した代わりに “Belonging” (包摂された帰属意識)等の中立的な用語を採用している。これは、特定の集団だけを対象にせず、全社員が含まれる表現と捉えられ、DEIの根本的な取組みは維持しつつも表現のみ変えることにより、バックラッシュをかわす意図があると考えられる。さらに、DEIのバックラッシュに抗い、企業としての信念を明確に示す企業もある。コストコ社やアップル社は株主総会でDEI廃止の提案を否決し、今後も多様性とコンプライアンスを推進する姿勢を明示している。

今後、企業に問われるのは、自社内でDEI取組みの価値をいかに位置づけ、継続するかだ。日本企業では、まず自社におけるDEIの意義を正しく理解し、共有することが一層重要になる。米国におけるDEIへのバックラッシュは、その本質的な価値が十分に共有されず、組織や社会に定着していなかった実情の表れとも言えるが、これからのDEIに関する取組みは、対外的なパフォーマンスではなく、企業や組織の文化として根付かせることが求められる。反発や誤解が広がる今こそ、DEIの成果を可視化し、現場の声を反映しながら、社内外に丁寧に伝えていく戦略的アプローチが求められている。

株式会社オウルズコンサルティンググループ
インターン
安達 乃得/Noelle Henry Adachi

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