COLUMN コラム
2025年6月25日

苦情処理メカニズムとは|ビジネスと人権の実務

企業に求められる人権対応として、国連指導原則では「人権方針の策定」「人権デュー・ディリジェンスの実施」に加えて、人権侵害が起きてしまった時にそれを見つけ出し、対応するための仕組み「グリーバンスメカニズム(苦情処理メカニズム)の整備」が求められています。

本コラムでは、グリーバンスメカニズムとは何か、企業が留意すべき点について解説します。

人権デュー・ディリジェンスについては、詳しくはコラム「『人権DD』とは|基本的なプロセスとポイント」をご参照ください。

弊社の「ビジネスと人権」関連サービスにご関心をお持ちの方は、「人権方針策定・人権デュー・ディリジェンス実施支援」のページもあわせてご覧ください。

国連指導原則が求める苦情処理メカニズム

2011年に国連人権理事会で採択・承認された「ビジネスと人権に関する指導原則」(以降、指導原則)では、企業に対して「人権方針の策定(方針によるコミットメント)」「人権デュー・ディリジェンスの実施(事業を通じて及ぼしうる人権への悪影響を特定し、防止・軽減するための取り組み)」「グリーバンスメカニズムの整備(是正措置・救済)」の3つの取り組みを求めています。

まず「人権方針」によって、人権を大切にするという自分たちの姿勢を示し、関係者に広く伝えた上で、「人権デュー・ディリジェンス」を通じて、人権に負の影響を与えるリスクを見つけ、それを防ぐための対策を実行していきます。

ただ、残念ながらどんなに対策を打っても、自社の活動によって人権侵害が起きてしまう可能性をゼロにするのは難しいと言えます。そこで、仮にこうした事態が起きてしまった場合、企業には「人権への負の影響がなかった状態に戻していく」ように取り組むこと、つまり「是正措置・救済」を提供することが求められています。

このための仕組みが「グリーバンスメカニズム」です。

これは、自社の活動によって「人権を侵害された」と感じたステークホルダー(関係者)が、企業の設ける窓口やホットラインを通して苦情を申し立て、救済を直接求めるための苦情処理の仕組みです。ここでのステークホルダーには自社の従業員だけでなく、例えば消費者やサプライヤーの従業員等も含まれ、社外の関係者も広く対象となります。

苦情処理メカニズムが満たすべき8要件

指導原則では、グリーバンスメカニズムが正常に機能するために満たすべき8要件が定められています。企業はこれらの要件を満たす窓口や仕組みを設置する必要があります。

(1)正当性

まず、グリーバンスメカニズムを利用する全てのステークホルダーから信頼されるような公正な苦情プロセスの運用が求められています。

寄せられた苦情を処理する上での責任所在や、苦情がどのように客観的、中立的に処理されるのかが明確にわかる制度が構築されていることが重要です。

(2)利用可能性

すべてのステークホルダーがメカニズムの存在を知っており、誰もが利用を妨げられないことも肝要です。ウェブサイト等に誰もが見てわかるような形で窓口の情報を載せることに加えて、例えば従業員への研修や、サプライヤーと契約を結ぶ時などに、「もし人権侵害を受けたと感じた場合にはこの窓口を利用できる」旨を積極的に伝えていく必要があります。また、ステークホルダーに応じて複数言語に対応すること等も必要です。

(3)予測可能性

苦情を申し立てた後に誰が、どのようなステップで、どのくらいの時間をかけてそれを処理するのか、といった情報が、メカニズムを利用する可能性のある人々にきちんと公表されているべきです。人権侵害やその疑いを窓口に通報した後に何が起きるか全く分からない、となれば、被害者は通報しづらくなってしまいます。

(4)公平性

また、企業は被害を受けた当事者が、公平な条件のもとで苦情処理に参加できるよう、情報源や助言、専門知識への正当なアクセスを確保する必要があります。被害を受ける側は企業に比べて情報や財源に乏しいことが想定されるため、企業にはこの不均衡を是正し、公正な手続を実現することが求められています。

(5)透明性

寄せられた苦情への対応状況の進捗について、当事者へ継続的に情報提供することで、苦情処理のプロセスへの信頼を築くことも重要です。メカニズムがどのように機能しているのか数値などの客観的な事実も踏まえて広く公開し、透明性を確保することが正当性と信頼の獲得には不可欠であるとされています。一方で、必要な場合は当事者のプライバシーや秘匿性も守られていることも重要です。

(6)権利適合性

グリーバンスメカニズムに寄せられる内容は、一見して人権侵害と判断しにくい不安等の苦情も含まれますが、よく調べると実際は人権に関係することも多くあります。苦情を受けた結果の判断や対応、救済措置が、国際的に認められた人権の基準に照らして整合的であるように、注意して対応する必要があります。

(7)持続的な学習源

メカニズムに寄せられる苦情等の内容やその頻度、パターンなどを定期的に分析し、今後同じような被害が生じることを防止するためにメカニズムをどのように改善すべきか検討することも求められています。寄せられた声を踏まえ、長期的な改善への教訓とすることが重要です。

(8)関与(エンゲージメント)と対話に基づくこと

企業には、影響を受けるステークホルダーと仕組みの設計や運用状況を協議することも求められます。寄せられた苦情の声に対して企業が一方的に対応策を決定するのではなく、影響を受ける関係者との対話による合意形成を重視すべきです。また、必要に応じて公正で独立した第三者の視点を加えることも有用です。

これらの8要件が全て満たされているとき、グリーバンスメカニズムは単なる「形だけ」の窓口ではなく、実際に問題が起きた時に企業が対処することを可能にする仕組みとして機能できるようになります。

グリーバンスメカニズムを整備する際に、既存の社内コンプライアンス相談窓口や内部通報窓口などを拡張して人権分野の通報窓口とすることも考えられます。その際にも8要件を満たすように制度を整備・拡張することがポイントとなります。

外部専門機関等との連携によるメカニズムの設置

国際規範の要件に沿ったグリーバンスメカニズムを自社だけで完璧に整備するのは簡単ではないと感じる企業も少なくありません。このような場合、自社で仕組みを設けるだけでなく、外部団体が提供するグリーバンスメカニズムに参加することも一つの選択肢になります。

指導原則では、「企業は必要に応じて、政府、企業、NGOなどが設置する外部の苦情処理メカニズムに参加することが認められる」とされています。日本政府のガイドラインでも、企業は自らメカニズムを設けるか、あるいは業界団体などが提供する仕組みに参加することで、人権尊重責任の重要な要素である救済を可能にすべきだと示されています。

日本では、一般社団法人ビジネスと人権対話救済機構(JaCER)が運営する「対話救済プラットフォーム」が、外部団体によるメカニズムの一例として知られています。このプラットフォームは、指導原則に基づいて設計・運営されており、加盟企業に関する通報を受け付け、必要に応じて弁護士などの専門家が助言を行います。

企業は、自社にある相談窓口の状況や、事業活動によって影響を受けるステークホルダーの種類を考慮しながら、こうした外部のイニシアチブも上手に活用していくことが望ましいと言えるでしょう。


株式会社オウルズコンサルティンググループ
アソシエイトマネジャー
玉井 仁和子


オウルズコンサルティンググループは、豊富な人権デュー・ディリジェンス対応や人権方針策定などの支援実績を有し、労働・人権分野の国際規格「SA8000」監査人コースを修了したコンサルタントが多数在籍しています。

実効性のあるグリーバンスメカニズムの構築に向けた支援をご希望の方は、お問い合わせフォームよりぜひお問い合わせください。

関連サービス:

人権方針策定・人権デューディリジェンス実施支援

/contact/