COLUMN コラム
2023年10月17日

「人権DD」とは|基本的なプロセスとポイント

人権デュー・ディリジェンス(人権DD)は、近年世界的に企業への要請が高まっている人権尊重の取り組みにおける最重要キーワードです。本コラムでは、その具体的な内容や進め方についてご紹介します。

 

(弊社の「ビジネスと人権」関連サービスにご関心をお持ちの方は、こちらのページも併せてご覧ください
人権方針策定・人権デュー・ディリジェンス実施支援

 

 

1. 人権デュー・ディリジェンスとは

 

人権デュー・ディリジェンス(人権DD)とは、企業が自社やグループ会社及び取引先などにおける人権への負の影響を特定・防止・軽減し、取り組みの実効性を評価し、どのように対処したかについて説明・情報開示していくために実施する一連の行為のことを指します。

 

 

デュー・ディリジェンスと聞くと、M&Aの際に行われる買収前の企業調査を連想するビジネスパーソンも多いかもしれません。M&Aにおけるデュー・ディリジェンスは買収前に「一度だけ」行う調査ですが、人権デュー・ディリジェンスはこれとは全く異なり、「継続的に」実施し続けていくものです。

 

人権デュー・ディリジェンスは、人権リスクへの対応として企業が常に回していくべきアクションのサイクルそのものなのです。国連の「ビジネスと人権に関する指導原則」(以降、指導原則と記載)では、この人権デュー・ディリジェンスに加えて「人権方針の策定」「是正・救済」の大きく3つのアクションを企業に対して求めています。こうしたプロセス全体の中で、前提として留意するべきことは、「企業が自ら直接引き起こしている人権侵害だけでなく、間接的に負の影響を助長していたり、関与したりしている人権侵害にも対応しなければならない」ということです。また、企業が尊重すべき人権の範囲は、自社の従業員に留まらず、取引先の従業員及び製品・サービスの提供先である顧客や消費者、自社の拠点や工場の周囲に住む地域住民など、事業やサプライチェーンに関わるあらゆる人が含まれます。こうした考慮すべき範囲の広さも、人権への対応が容易ではない理由になっています(詳細はコラム『ビジネスと人権とは❘指導原則のポイントと国際的な動向』をご参照ください)。

 

それでは、自社の事業やサプライチェーンに関わるあらゆる人権への影響を、どのように評価し対応していくべきなのか、そのプロセスの概要を紹介します。

 

 

2. 企業の人権尊重の取組みの基本的なプロセス

 

指導原則では、「人権方針の策定」「人権デュー・ディリジェンスの実施」「是正・救済」をすべての企業に対して求めており、具体的な実践方法は6つのアクションから構成されます。

 

 

2-1. 人権方針の策定

 

まず初めに多くの企業が取り組むのは、人権方針の策定です。人権方針の策定は、企業として自社の人権尊重の責任をどのように理解し、取り組んでいくか、また自社従業員や取引先、ビジネスパートナーに何を期待するかなどを「方針」として明記して、表明することを指します。人権方針を策定するにあたっては、指導原則で5つの要件が定められています。

 

・企業の経営トップが承認していること
・ 社内の関連部署や社外の専門家などから情報提供を受けていること
・従業員や取引先関係者などに対する、人権の尊重に関する期待を明記していること
・一般に公開され、すべての従業員、取引先、出資先、その他の関係者がアクセスできること
・方針を浸透させるための継続的な取り組みや社内体制などがあること

 

人権方針に関するより詳細な解説や、人権方針の文章のサンプルをご覧になりたい方は、
『【解説レポート】経済産業省ビジネスと人権 実務参照資料:解説と実践に向けたアドバイス』をご参照ください

 

 

2-2. 人権デュー・ディリジェンスの実施

 

人権デュー・ディリジェンスの進め方は、(1)負の影響の特定・評価、(2)負の影響の防止・軽減、(3)モニタリングの実施(取組みの実効性の評価)、(4)外部への情報公開の4つのプロセスに分けることができます。

(1)負の影響の特定・評価

 

人権デュー・ディリジェンスの最初のステップは人権リスクの特定・評価です。すでに顕在化している人権リスクはもちろんのこと、潜在的なリスクも含めた全体像の把握と評価を行い、優先的に対応すべきものを特定するプロセスとなります。

 

まずは入手可能な外部データの収集やヒアリング又はアンケートの実施、内部データの分析等を通じて、考慮すべき人権リスクの全体像を把握し、重要なリスクを洗い出した上で、「すぐに改善に取り組むべきもの」や「深く精査すべきもの」をロジカルに絞り込んでいくのが通常のステップです。その上で、さらなる実態把握が必要なリスクに関しては、追加調査などを通じて詳しく確認していくことが推奨されます。これは例えば、健康診断や人間ドックの中で、身体全体の状態を一通りチェックした上で、異常値が出た部分を追加で検査・調査していくプロセスをイメージすると分かりやすいかもしれません。

 

指導原則では、把握した人権リスクの重要度を「深刻度」と「発生可能性」の2つの軸で評価するアプローチが推奨されており、その評価結果を踏まえて自社が優先的に取り組むべき人権リスクを明確にしていきます。

 

(2)負の影響の防止・軽減

 

自社にとって優先度の高い重要リスクを特定した後は、それらの防止・軽減に向けた措置を考えます。実際に企業が人権リスクを防止・軽減するために取り得るアプローチは様々ですが、多くの企業が実施している取り組みとして、「教育・研修の実施」「社内制度・設備の整備」「サプライチェーンの管理」の3つが挙げられます。

 

例えばサプライチェーン管理においては、まず自社の調達に関する方針・基準などを示す「調達方針」に加え、サプライヤーへの期待と要求事項を明確に伝える「調達ガイドライン(又はサプライヤー行動規範など)」を策定する必要があります。その上で、質問票の配布や実地監査などを通じて各サプライヤーが要求事項に応えているかの状況把握をしていきます。

 

膨大な数のサプライヤーを自社で管理するのが困難なケースもあるため、企業の倫理情報を共有できるプラットフォームなどの活用も近年進んでいます。

 

(3)モニタリングの実施(取組みの実効性の評価)

 

人権問題を本質的に解決するためには、一過性の対応で済ませず継続的にモニタリングを行って改善状況を確認し、「適切な対応はできていたか」「追加のアクションは必要ではないか」などの観点を検討することが重要です。指導原則では、モニタリングを実施する際の要求事項として、「適切な質的・量的指標に基づいていること」と「人権への負の影響を受けた利害関係者を含む、社内外からの意見を活用していること」が挙げられています。「適切な質的・量的指標」に基づいたモニタリング手法の一例として、従業員やサプライヤー向けのホットラインへの通報・相談件数を定期的に分析することや、例えば予防したい人権リスクが「長時間労働」である場合には、タイムカードの記録や入退館ログ、パソコンのログイン/ログアウト時刻の履歴データなどを定期確認・分析することなどが挙げられます。モニタリングの手法は対象とする人権リスクにより異なるため、自社が予防すべきリスクに最適な手法を選び、継続的に実効性を評価して改善を進めることが求められます。

 

(4)外部への情報公開

 

近年、国際社会から企業への要請として、人権尊重への取り組みや人権リスクの実態について外部公開していくことが強く求められています。企業は人権侵害の直接的な被害者や社員のみならず、すべてのステークホルダーに対して説明責任を果たす必要があるのです。例え自社で人権尊重に取り組んでいたとしても、その評価結果や対応策などの状況についての情報公開を怠ると、「人権について対応していない」または「リスクを隠している」とみなされ、企業の人権への取り組みを格付けする外部機関や投資家などから低評価を受ける可能性があることに留意が必要です。

 

情報公開は、誰もが自由に閲覧することができるウェブサイトなどを通じて行うことが一般的です。人権分野の情報を含む企業文書の代表例は「統合報告書」や「サステナビリティ・レポート」、「人権報告書」などですが、必ずしもすべてを作成する必要はありません。自社の状況に合った情報公開の在り方を選ぶことが重要です。なお、指導原則では「独立した社外の専門家による検証」により情報公開の信頼性を強化できるとされています。NPO・NGOや外部専門家との対話を通じて客観的な意見を取り入れ、報告の信頼性を高めながら改善に向けたコミュニケーションを重ねることも必要です。

 

2-3. 是正・救済(苦情処理メカニズムの整備)

 

苦情処理メカニズムとは、起きてしまった人権侵害に対する是正・救済を目的に、企業とそのステークホルダーに関わる苦情や紛争に取り組む一連の仕組みです。自社従業員のみならず、サプライヤーや顧客、消費者などからの通報・相談を受け付け、適切に対応していく必要があります。日本の企業が設置しているホットラインやコンプライアンス通報窓口にもこれと重なる機能はありますが、対象となる人権リスクが限定されていたり実効性が乏しかったりするなど、人権尊重の観点からは不十分であることが多いのが実情です。指導原則では、実効性を保つために苦情処理メカニズムが満たすべき8つの要件を規定しています。正当性や公平性のほか、利用が見込まれるステークホルダーに広く周知されていること、ステークホルダーがホットラインの制度設計に関する協議に参加可能なことなどが求められています。是正・救済の手順は、人権尊重の取組みの中でも最後に説明されることが多いですが、実際に企業の対応ステップの中で「他のアクションよりも遅れて対応して良い」というわけではありません。企業の状況に応じて、是正・救済の手続きこそ最優先で進めるべき場合も多くある点には注意が必要です。

 

まとめ

 

企業の人権尊重の取組みは、上述のように「人権方針の策定」「人権デュー・ディリジェンスの実施」「是正・救済」の3つのアクションから構成され、規模・業種を問わずすべての企業に対して実施が求められています。また各アクションについて必ずしも順番通りに取り組む必要はなく、人権侵害の状況によって順序や優先順位が変わることも多くあります。自社のリスク状況や業種に合った進め方を検討することが重要です。そのため、ビジネスと人権の取組みに精通しているNPO・NGOや外部専門家に協力を求めることも推奨されています。

 

オウルズコンサルティンググループは、豊富な人権デュー・ディリジェンス対応や人権方針策定などの支援実績を有し、労働・人権分野の国際規格「SA8000」監査人コースを修了したコンサルタントが多数在籍しています。またNPO・NGOとの広範なネットワークを持ち、ソーシャルセクターの視点とビジネスコンサルタントとしての視点を併せ持ったご支援が可能です。実効性のある人権対応プロセスの策定支援をご希望の方は、お問い合わせフォームよりぜひお問い合わせください。

 

関連サービス紹介:

人権方針策定・人権デュー・ディリジェンス実施支援

 

参考文献:

政府 「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」

法務省 「今企業に求められる『ビジネスと人権』への対応」

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