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2025年12月10日

研修をしてもハラスメントが減らない…どうすれば良い?(2025年11月 サステナブル・ブランド ジャパン(SB-J)掲載)

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※2025年11月7日付のサステナブル・ブランド ジャパン(SB-J)の記事を一部変更して掲載しています。

第2回では、「人権リスク」とは「社内のハラスメントや長時間労働」だけでなくより幅広いリスクを指すものであること、また「人権リスク」への対応では、自社の今ある取り組みを含め、自社の「重要なリスクに手が打たれているか」がポイントとなることを見てきました。

今回は、「社内研修を徹底しているのに、ハラスメントがなかなか減らない。どうすれば良いの?」にお答えします。

いまや、全社員を対象にハラスメント研修を毎年実施しているという企業も少なくありません。一方で、研修を行う人事部門の担当者などからは、「毎年研修をしているのに効果が見えない」「結局は『個人の問題』としてハラスメントが起きてしまう」といった声をよく耳にします。実際に、厚生労働省が令和5年度(2023年度)に実施した調査では、特にパワハラに関しては9割を超える企業が「ハラスメントの予防・解決のための取り組みを実施している」と回答していますが、4~5割の企業は、パワハラに該当する事例の件数・相談件数ともに「変わらない」または「増加している」と答えています。また、「過去3年間にパワハラを経験した」と回答した人も約2割に上っています。このように、多くの企業では、対策をしても実感としてハラスメントが減らないというジレンマを抱えているのです。

では、どうすれば、企業はより実効性のある形でハラスメントの予防を進められるのでしょうか。ここでは、取り組む際のポイントを大きく2つご紹介します。

参加型・対話型の研修でハラスメントを「自分ごと化」

日本では、パワハラやセクハラなどのハラスメントの種類によってさまざな法令でルールが定められており、その内容も定期的に見直され更新されています。しかし、だからと言って法令や社内規程の説明のみに重きを置くと、講師が一方的に話す聴講型の研修に終始しがちです。一方的な説明中心の研修では、受講者が「受け身」になりやすく、自分の職場や行動と結び付けて考えにくくなる可能性があります。結果として、ハラスメントを「自分ごと」として捉えられず、実質的な予防につながりにくくなってしまうのです。

このため、研修では単に知識を伝えるだけでなく、「自分ならどう感じるか」「相手はどう受け取るか」を体感して考える機会を設けることが重要です。例えば、職場で起こり得る具体的なシーンを題材にしたロールプレイングを取り入れることで、受講者は「自分が行為者なら、被害者なら、あるいは第三者の立場ならどう感じるか」を実際に演じながら考えることができます。少人数のグループに分かれて「この発言は不適切か」「どのように伝えれば良かったか」を話し合う形式も効果的です。互いの意見を聞き合うことで、無意識の思い込みや、人による感じ方の違いに気がつくきっかけにもなります。

このように、ハラスメント防止を「人事や法務部門が主導すること」といった受け身の意識ではなく、「自分たちの職場をより働きやすくするために、一人ひとりが日々考えるべきこと」として捉え直すことが重要なポイントです。

人事評価で「ハラスメント気質だけど仕事はできる」をNGに

個々人の意識変革に加えて重要なのは、ハラスメント防止を企業文化そのものに根付かせることです。こうした話をするとよく聞かれるのが、「『ハラスメント気質だけど仕事ができる人』をどのように扱えば良いか」という質問です。

この問いについては、そもそも、「ハラスメント気質」と「仕事ができる」が両立するという前提自体を見直す必要があります。「ハラスメント」がある職場では、社員の人権が守られないことに加え、心理的安全性が低下して生産性が落ちる、休職者や退職者が増加し人材が不足する、採用コストが増加する、企業イメージが低下するなど、企業への損失にも直結するはずです。つまり、「ハラスメント気質があり、それが社内で広く知られている」時点で、「仕事ができる」とは本来言えないはずなのです。

ではなぜ、「ハラスメント気質だけど仕事ができる人」が生まれてしまうのでしょうか。これは、現在の人事評価制度の中に「人権尊重」の観点が十分に組み込まれていないことが原因です。どんなに研修を重ねても、人事評価制度が「成果さえ出せば良い」構造である限り、ハラスメント気質のまま自身にも周囲にも強いプレッシャーをかけて昇進し続ける、といったキャリア像を断つことはできません。近年、企業の中では「人権尊重を組織文化に根付かせる」ことを目的に、人事評価制度に行動面の指標を組み込む動きが広がっています。

例えばトヨタ自動車では、社員が上司からのパワハラにより自死するという事件が起きた後、再発防止策として、独立した相談窓口の設置や就業規則の修正、幹部職への再教育、休職者の復帰プロセス改善に加え、「360度フィードバック」の導入による人事制度の見直しを実施しました。この「360度フィードバック」では、「人間力」に重きを置いた評価基準を設定し、管理職約1万人を対象に、上司や部下など社内外の関係者十数人からの「聞き取り」で多角的に評価する仕組みを導入しています。

このように、人事評価制度の中に「人間力」や「人権尊重」を明確に位置付けることで、社員一人ひとりが「ハラスメント防止を意識しなければ自分の成長やキャリアにも悪影響を及ぼす」と実感し、行動変容につながりやすくなります。

ハラスメント防止を企業文化に根付かせる

ハラスメント防止とは、決して「研修をやれば終わり」ではなく、企業文化そのものの改善が求められる広範で長期的な取り組みです。社員がハラスメント防止を「自分ごと」として考える参加型研修と、人事評価制度の改革。この2つを組み合わせることで、企業文化に根付く、より実効的なハラスメント対策へとつながっていくはずです。

次回は、全社的に人権尊重を進める上で欠かせない「経営層」への伝え方について、効果的なコミュニケーションのコツを考えていきます。

【参照サイト】

職場のハラスメントに関する実態調査(厚生労働省)

出典:サステナブル・ブランド ジャパン (SB-J)

株式会社オウルズコンサルティンググループ
シニアコンサルタント
五味 ゆりな

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