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REPORT レポート・調査
2024年3月29日

欧州に遅れる日本のグリーンスチール普及には鉄鋼産業のデジタル化が必要(2024年3月 JBpress掲載)

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欧州においてグリーンスチールの普及が進行しつつあり、日本においても、政府や業界団体から鉄鋼業の脱炭素化の道筋が示されている。

 

一方、グリーンスチール普及にはサプライチェーンの可視化が可能な体制構築、つまりデジタル化が必須であり、日本の鉄鋼業界に残るアナログ慣習がグリーンスチールの普及の妨げになる可能性がある。アナログ対応により課題となっている業務非効率性の解消等のためにも、今こそ日本の鉄鋼メーカーは業務のデジタル化に重い腰を上げるべき時だ。

 

 
※2024年3月22日付のJBpressの記事を一部変更して掲載しています。
 

欧州でグリーンスチール拡大。鉄鋼業の脱炭素化は本格化

 

 

ここ数か月の間、欧州の自動車会社や鉄鋼メーカーがグリーンスチール(製造時のCO2排出量を削減した鋼材のこと)の普及に向けた取り組みを開始している。

そもそもグリーンスチールとはなにを指すのか、実は現状明確な定義はない。IEAが鉄鋼における「ニア・ゼロ・エミッション素材」の定義として、鉄鋼を生産する際に使う原材料に応じて基準となるCO2排出量を決めるという考え方を2022年に提示した考え方を基に、現在も議論が進められている状況である。

 

このような状況下、ポルシェは、スウェーデンのボーデンで再生可能電力を使用して鉄鋼を生産する計画であるH2グリーンスチールより、2026年から自社ほぼゼロエミッションの鉄鋼の供給を受ける予定であることを発表した。また、欧州の大手鉄鋼メーカーアルセロール・ミタルは3,500 万ユーロを投じ、廃木材をゲント製鉄所の高炉で使用するバイオ炭に変換するトレロ・プラントを2023年12月より稼働させたことを公表。これにより、高炉での化石炭の使用を削減することで、工場からの年間炭素排出量を 112,500 トン削減が可能とのことだ。

 

 

日本でも水素還元鉄法の確立等を推進中

 

 

日本においても国内の製造業において最もCO2を排出している鉄鋼業の脱炭素化について議論が進められており、大きく3つの手法の議論が進められている。現在の高炉法を生かしつつ、還元剤に水素を使用し石炭の使用量を抑え、CO2の回収や貯蔵をセットで行う手法、水素直接還元法の確立、電炉法(リサイクル製鉄)の徹底の3つであるが、それぞれ課題を抱えており、脱炭素化は容易ではない。

 

高炉法を活かした手法は、大前提として石炭の使用を継続するので完全な脱炭素化には繋がらないことに加え、大量に発生するCO2を貯蔵するために巨額のコストが掛かってしまうことや、そもそも貯蔵のための場所を確保することも難しい。水素直接還元法は技術的な目途は立ちつつあるものの、まだまだ製造法の確立に時間がかかる。その上、水素還元鉄製造ラインを立ち上げるために莫大な設備投資が必要であり、製造に必要な水素を十分確保することが難しい。最後の電炉法の徹底も、スクラップ鉄の十分量の確保という問題もあるが、抜本的には電炉の操業に必要なクリーンエネルギーの確保という大きな課題が残る。

 

 

グリーンスチールの落とし穴「デジタル化の遅延」

 

 

上記のような課題とは別に、鉄鋼メーカーはグリーンスチールの普及を本気で考える際にサプライチェーンのデジタル化を進めなければならない。温室効果ガス排出量の算定・報告の基準であるGHGプロトロコルにおけるScope3の考え方ではサプライチェーン全体のCO2排出量の把握が必要とされているためだ。現状のアナログな取引のままでは、せっかく製造した自社のグリーンスチールが、どこでどのように使用されているのかがトラックできなくなってしまい、もしグリーンを確保できたとしても、十分な開示が適わない。水素還元鉄法の確立や電炉法のさらなる普及を目指す前にしっかりデジタル化を進め、足元を慣らしておくことが必須なのだ。

 

鉄鋼業界における重要書類の一つにミルシートがある。ミルシートは鉄骨や鋼管といったあらゆる鋼材の品質を保証する証明書であり、一般的にはその鋼材を製造した鉄鋼メーカーにより発行されるものである。このミルシートが流通過程において鉄鋼商社からエンドユーザーに渡ることで、エンドユーザーは自社が購買した鋼材が求めるスペックに見合ったものなのかを確認する。

 

このミルシートが依然として日本国内においては紙で発行されている。地方を中心に存在する小規模鉄工所等が紙での発行を望む、かつ、その顧客である中小の建築会社等もアナログ対応が中心という状況にあるため、デジタル化を望む鉄鋼商社等もアナログ対応をせざるを得ないという状況なのだ。鉄鋼メーカーもこのアナログ対応を看過してきた。

 

 

ただ、このアナログ対応により、中間の鉄鋼商社等においては、ミルシートの読み合わせを人が目視で行うことによる人件費負担の増加や、ミルシートの添付間違いによる再輸送のコスト増加等が恒常的に発生しており、人材不足も相まってデジタル化を強く望む声が日に日に強くなっている状況である。加えて、ミルシートのみならず、入出金の管理や在庫管理に至るまで、まだまだアナログな業務習慣が残っているのである。

 

 

欧州鉄鋼メーカーのDX化は進む

 

 

欧州、特にドイツにおいては既に中小企業を含めたサプライチェーン管理のデジタル化・DX化が10年以上前から既に進行している。

 

例えば、2011年から中小企業のビジネスのデジタル化に関した能力強化や一般的な業務プロセスの標準化を行う取り組みを政府主導で実践する(e-standards)等地道な取り組みを行ってきたのだが、今般、GAIA-Xとして欧州域内外の企業のさまざまなクラウドサービスを単一のシステム上で統合することが同国主導で昨年からスタートしている。

 

これは鉄鋼業界も例外でなく、ドイツの大手鉄鋼メーカー、ザルツギッターはSAPと組んでビジネスプロセスのデジタル化を推進している。既にグリーンスチール普及の土壌は整いつつあると言える状況だ。

 

 

今こそ鉄鋼メーカーはグリーンスチール普及のため、DX化に取り組むべし

 

 

これまで鉄鋼メーカーはミルシートをデジタル化するインセンティブが特段なかったため、アナログな商習慣を看過してきたが、今こそデジタル化を率先してリードし、来るべきグリーンスチールの普及に向けた地ならしをしておくべきではないだろうか。政府や業界団体が主導で鉄鋼業界の脱炭素化を検討してきたところ、民間サイドの不作為がボトルネックになる懸念が残る。

 

DX化が進行すると、グリーンスチールの普及のみならず、納入した鋼材のスペックや納入先における使用状況が把握できるため、橋や高速道路等のインフラにおいては修繕時期の最適化に繋がることが期待される等、新たなビジネスの開拓や業務効率化に繋がることも考えられる。
 
人口減少していく日本に合った、ビジネス改革が行われることを期待する。

 

 

 

株式会社オウルズコンサルティンググループ
プリンシパル
佐藤 維亮
 

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