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REPORTS レポート
2023年10月5日

変化し続ける「パッチワーク型」規制に対応する体制を構築せよ(2023年9月 JBpress掲載)

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本連載では、激動の地政学動向において企業が取り組むべき5つの指針を示している。

前回「地政学リスクはあらゆる企業の「自分事」に」では、「経済安全保障」にかかる規制が先端技術だけでなく、汎用品にまで広がっていることを述べた。今回は、指針2「変化し続ける「パッチワーク型」規制に対応する体制を構築せよ」について詳しく語る。

※2023年9月28日付のJBpressの記事を一部変更して掲載しています。

体系立てられない「パッチワーク型」の規制リスト

「もう法務部だけでは、通商ルールへの対応が間に合わない」。

2023年に入って、急速にこうした焦りの声が多く聞かれるようになった。理由のひとつは、ごくシンプルに法務や貿易管理の部門が「忙しい」というもの。「遵守しなければいけない新たな規制が急に増えた」という背景によるものだ。規制対象の「リスト」という言葉だけでも大変に散らかってきた。

練られたマスタープランに沿って順次埋められていく表形式のリストなのであれば、先を見越した企業対応もできるだろう。だが、いま乱立しつつある「リスト」の作られ方はそのような計画性あるものではない。「ある製品・システムによる情報漏洩が見つかった」として特定の企業との取引に急遽狙いを定めたリスト、それに対立する国家による「そちらがそういう態度なら」として応酬するリスト、そして今度は企業を対象とするのではなくリスクの高い技術や個人名を列挙したリスト――など、「今、これが大事だから」という一念で急ごしらえされた、まさに「パッチワーク」のような政策プロセスとなっているのだ。

米国の1リストだけで2,200ページ

具体的に挙げよう。米国の規制だけでも「エンティティ・リスト」「SDNリスト」「未検証ユーザーリスト」など多くの「リスト」がある。

「エンティティ・リスト」は、米国の国家安全保障や外交政策上の脅威とみなされたり、人権侵害を行った場合に掲載される。リスト掲載者には、原則として米国製品や米国の技術が輸出できなくなる。中国の通信機器大手のHuaweiや、南シナ海の人工島の軍事拠点化を支援した中国企業、中東の企業などがリスト化されている。「SDNリスト」は、「Specially Designated Nationals(特別指定国民)リスト」のことで、テロ支援国や国連制裁国などの関係者が掲載される。リストに掲載された組織や個人は米国内の資産が凍結され、米国では資金・物品・サービスの取引ができなくなる。現在のリストは約2,200ページにも及ぶ。

これらに対抗する中国のものも「外商投資ネガティブリスト」「市場参入ネガティブリスト」「信頼できないエンティティ・リスト」など、日に日に増えている。「外商投資ネガティブリスト」では、外資企業の投資が禁止または制限される業種をリスト化している。出版物の印刷、国内水上輸送業、公共航空輸送業、電気通信業、市場調査、医療機関などが該当する。「信頼できないエンティティ・リスト」に掲載されると、中国内での新たな投資や中国と関係する輸出入ができなくなる。2023年2月には、米国のロッキード・マーティン社とレイセオン・ミサイルズ・アンド・ディフェンス社がリストに掲載された。また、昨年来、ウクライナへ侵攻したロシアには輸出してはいけない奢侈品(ぜいたく品)リストができている。酒類、自動車、たばこ、衣類、化粧品などのカテゴリーは主要国で概ね足並が揃っているが、個別の対象品目は輸出元の国によって異なる。例えば、「自動車」のなかでも日本は600万円を超える乗用車を対象としているのに対し、米国は「鉄道・路面電車車両以外の車両」を対象としている(2022年4月時点 )。

このようなルール動向を即時把握して洩れなく対応するほど、法務部に潤沢な要員はいない、というわけだ。

年々低下する「予見可能性」に備えた体制構築を

つらいのは「予見可能性」がどんどん失われつつあることだ。

もはや米国ですら体系立った通商政策に沿って規制を増やしている状況ではない。担当官庁も根拠法令もバラバラなまま、突然新たな規制ができることも昨今では珍しくない。「リスト」の対象も日々変化する。「もともと法務部が詳しいわけではない」テーマが増えてきたことも難度を増している要因だ。

例えば米国のウイグル強制労働防止法(UFLPA)では、新疆ウイグル自治区での強制労働に関連する製品・サービスの米国への輸入を厳しく制限する。EUでは、森林破壊防止を目的とした調査が義務化される。パーム油、牛肉、木材、コーヒー、カカオ、ゴム、大豆をEUで販売、あるいはEUから輸出する事業者が対象となる。

「環境」や「人権」に起因する新たなルール動向やその事業影響は、法務部による一元管理を前提とした検討では限界がある。事業部門や環境テーマに詳しいエンジニア部門が連携して対応するインテリジェンス体制を構築することが必要だ。中国の監視カメラ大手「ハイクビジョン」による人権侵害の疑いの事例では、新疆ウイグル自治区で住民を日常的に監視しているとされるカメラに、日本企業7社の部品が使用されていると指摘された。例えばこれら7社に納入している部品サプライヤーからすれば、この人権侵害リスクは「顧客の顧客」に関するもの。担当の営業チームが判断するには障壁が高い。現場から本社リスク管理部門まで連携した体制が不可欠となる。

「専門的なテーマなので法務部よろしく」では対応できないのが現在の地政学リスクだ。レピュテーションリスクを管理し、法務部や貿易部門が従来対応してきたコンプライアンスに留まらず事業を維持・拡大するためには、規制ができてから後手で対応するのではなく、国際情勢の変化を読み解くなどのインテリジェンスも肝要だ。経営課題としてこれらに対応する体制を構築しなければならない。

株式会社オウルズコンサルティンググループ
代表取締役CEO
羽生田 慶介

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