G7によるインフラ支援策「PGII」は中国「一帯一路」のライバルになり得るか(2023年9月 JBpress掲載)
中国の「一帯一路」構想が今年で10周年を迎える。華々しいデビューを飾った構想だが、「債務の罠」の懸念が払拭できないなど、ハードインフラを中心に課題もある。このようななかでG7は新興国のインフラ投資パッケージ「PGII(グローバル・インフラ投資パートナーシップ)」を発表した。「一帯一路」への対抗と解されている。「質の高いインフラ輸出」を掲げる日本政府の後押しとなるか。「一帯一路 vs PGII」という単純な構図では語れないが、インフラ投資の新たなルール形成に日本の強みを反映するなど、有効な打ち手はまだ残されている。
※2023年9月4日付のJBpressの記事を一部変更して掲載しています。
I. 10周年を迎える中国の「一帯一路」
中国の「一帯一路」構想が今年で10周年を迎える。「一帯一路」は2013年秋に習近平国家主席が打ち出した構想で、アジアから欧州、アフリカに至る地域を「シルクロード経済ベルト(一帯)」と「21世紀の海上シルクロード(一路)」で繋ぎ、巨大経済圏を構築するものだ。これまでに多くの国が関心を示し、2018年に開催された第2回「一帯一路」国際協力ハイレベルフォーラムには、38カ国の首脳級を含む150余りの国や92の国際機関から約6,000人が参加[1]。中国は着実に影響力を拡大しているかに見えた。
しかし、融資の返済等が困難になった国に対し、返済と引き換えに権益を要求する「債務の罠」の懸念も顕在化している。スリランカのハンバントタ港の事例は有名だが、昨今はアフリカ各国でも債務不履行の懸念が高まっている[2]。「一帯一路」では、作業の遅延、世論による反対、資金不足等を理由として、2013年から2018年の間に合計4,190億米ドル超に相当するプロジェクトが進行困難に陥っているとの分析結果もある[3]。一帯一路政策の全プロジェクトのほぼ3分の1を占める規模だ。この傾向は特に鉄道、道路、港湾などのハードインフラで強い。たとえばメキシコの高速鉄道の建設プロジェクトは契約解消[4]、タイでは大型の鉄道整備計画が宙に浮いたままだ[5]。G7で唯一の構想参加国であるイタリアは離脱を模索しているとも度々報じられている。
II. インフラ投資に巨額の民間資金を促進するG7のPGII構想
こうした中国の動きを傍目に、西側諸国もインド太平洋地域やグローバルサウス諸国を対象としたインフラ整備支援を進めている。
2023年3月に発表されたFOIP(自由で開かれたインド太平洋)の新たなプランでは、協力の新たな4つの柱として、①平和の原則と繁栄のルール、②インド太平洋流の課題対処、③多層的な連結性、④「海」から「空」へ拡がる安全保障・安全利用の取組が示された。日本政府はかねてから「質の高いインフラ輸出」を政策に掲げている。内閣府の「インフラシステム海外展開戦略2025」(追補版)では、「我が国が推進する質の高いインフラ整備は、特に平和と安定、連結性の向上等の取組を通じて、FOIPが目指す我が国を含む地域の繁栄の礎となる国際環境の構築に貢献できる」「我が国企業にとっても競争力を発揮しやすい環境づくりにつながることから、官民が連携して質の高いインフラ構築に係る案件組成を目指す」としている[6]。
2022年のG7サミットではPGII (グローバル・インフラ投資パートナーシップ)が発表された。G7各国は、2027年までに民間部門の投資を含めて新興国で6,000億ドルのインフラ投資を目指すとしている。具体的な投資分野は、気候変動及びエネルギー危機の是正、サプライチェーンの強靭性の向上、デジタル・インフラや交通網を通じた連結性の強化、より強く持続可能な保健システムの改善、ジェンダー平等の進展等だ[7]。なお、G7は2021年にも低中所得国向けのインフラ投資構想「B3W(世界のより良い回復, Build Back Better World)」に合意しており、PGIIはB3Wを刷新したものだ。対象分野は重なっているが、PGIIでは「エネルギー安全保障」や「デジタル連結性」が強調されている点などに主な違いがある。なお、B3Wのファクトシートでは冒頭に「G7は中国との戦略的競争について話し合った」と明記されていた[8]。PGIIのファクトシートには「中国」は明記されていないものの、引き続き「一帯一路」への対抗を意識したインフラ投資枠組みと見られる。PGII発足時の米国ジョー・バイデン大統領の会見は、「民主主義が私たちにできること、私たちが提供できるすべてのことを全て示せば、私たちが競争に必ず勝てることに何の疑いもない」と締めくくられている[9]。
ただし、「一帯一路 vs PGII」という単純な構図ではない。支援を受ける新興国は先進国間の争いに巻き込まれることを嫌っており、自国に実利のある方を選択するのが自然だ。日本政府も、インフラ投資の課題として、相手国における日本の製品・サービスの優位性の理解不足等を挙げている[10]。
III. インフラ投資のルール形成
新興国のインフラ整備に民間投資を引き込むには、透明性のある情報開示やESG(環境・社会・ガバナンス)観点のリスクが低いことも重要な要素だ。
最近進められている取り組みのひとつにBDN(ブルー・ドット・ネットワーク)がある[11]。日本・米国・豪州が2019年に提案した枠組みで、インフラ投資のプロジェクトに認証を与えるスキームだ。ミシュランの「星」に似た仕組みで、各プロジェクトが基準に基づいて三段階の「●(ブルードット)」で評価される。BDNは、これまで広く受け入れられている既存の基準や手法を合理化することによる実施の促進を目指しているため、「質の高いインフラ投資に関する G20 原則」やOECDの「多国籍企業向けガイドライン」等の内容が反映されている。
BDNの審査プロセスは、申請者による最初の自己評価と、それに続く第三者による独立した検証で構成される。BDNにおける「10の認証要素」は、(1)サステナビリティと包摂性の促進、(2)市場ドリブンで民間リードの投資の促進、(3)健全な財政運営の促進、(4)気候変動にレジリエントなプロジェクト構築、(5)価格の正当性の確保、(6)現地の能力構築、(7)汚職からの保護の促進、(8)国際的な良き慣行の支持、(9)インフラサービスの非差別的な使用の促進、(10) 先進的な包摂性だ。(図表参照)
2023年8月時点、BDNは最終化されておらず関係者間の議論が続いている。他方で、経団連は、「一定の基準の下で質の高いインフラプロジェクトを認証するメカニズムであるBDNに係るOECDの取組みを加速させるべきである」(2023年4月[12])「質の高いインフラシステムの国際標準化に向けた枠組みであるBDNに関する検討を加速し、日本のインフラシステムの高い品質が正当に評価される仕組みを構築することが重要」(2021年3月[13])といった提言を発出している。
インフラ投資は、受け入れ国のニーズを汲み取る必要があり、「一帯一路 vs PGII」という単純な構図ではないが、たとえばBDNの基準に日本の意見を反映するなど、ルール面での打ち手もまだ残っている。「質の高いインフラ輸出」の実現のため、インフラそのものの質の向上に加え、投資家や受け入れ国などの関係者が安心して投資できる仕組みづくりも視野に入れたい。
株式会社オウルズコンサルティンググループ
チーフ通商アナリスト
福山 章子
[1] JETRO「第2回「一帯一路」ハイレベルフォーラム、習氏は持続可能性の確保を強調」、2019年5月22日。
[2] 日本経済新聞「アフリカで債務不履行が顕在化 ガーナなど、食糧高響く」、2023年1月10日。
[3] Indo・Pacific Defense Forum「資金や時間を費やすだけの無意味な中国の一帯一路政策」、2019年8月28日。
[4] 一般社団法人 平和政策研究所「中国一帯一路構想の狙いと日本の採るべき国家戦略の提言」、2018年3月20日。
[5] 日本経済新聞「タイに延びない中国「一帯一路」鉄道 すれ違う思惑」、2022年1月11日。
[6] 内閣府「インフラシステム海外展開戦略 2025」の追補、2023年6月1日。
[7] 外務省「グローバル・インフラ投資パートナーシップに関するファクトシート(概要)」、2023年5月。
[8] ホワイトハウス「FACT SHEET: President Biden and G7 Leaders Launch Build Back Better World (B3W) Partnership」、2021年6月12日。
[9] ホワイトハウス「Remarks by President Biden at Launch of the Partnership for Global Infrastructure and Investment」、2022年6月26日。
[10] 経済産業省「インフラシステム輸出の課題と今後の方向性」、2014年5月。
[11] OECD「OECD、良質なインフラプロジェクトを運用するためのブルードット・ネットワークの原案を提案」、2022年3月21日。
[12] 一般社団法人 日本経済団体連合会「B7東京サミット共同提言」、2023年4月20日。
[13] 一般社団法人 日本経済団体連合会「戦略的なインフラシステムの海外展開に向けて」、2021年3月16日。
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