REPORT レポート・調査
2023年5月16日

IPEFやQuadは米国企業の対中競争力を高めるか(2023年1月 ITI米国研究会寄稿)

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※一般財団法人国際貿易投資研究所(ITI)米国研究会に寄稿した記事を一部変更して掲載しています。
 
米国のITIF(Information Technology and Innovation Foundation:情報技術・イノベーション財団)のHamilton Center on Industrial Strategyが2022年6月に発表したレポート「The Hamilton Index: Assessing National Performance in the Competition for Advanced Industries」は、近年、主要産業における米国企業のグローバル市場シェア(*1)が相対的に低下していることを指摘している。

 

レポートにおける主要産業は、①医薬・化学製品、②電気機器、③機械および装置、④自動車関連機器、⑤その他の輸送機器、⑥コンピュータ・電子・光学製品、⑦情報技術と情報サービスで、1995年、2006年、2018年の米国企業のグローバル市場シェアを比較した際に、⑤その他の輸送機器と⑦情報技術と情報サービスを除き、軒並み低下している。これに加えて、主要産業全体のグローバル市場シェアも低下した。これに対して中国企業は、2006年と2018年を比較した際、2倍以上にグローバル市場シェアを拡大している。

 

2017年1月に米国で誕生したトランプ政権は、中国を「戦略的信頼」と位置づけた先代のオバマ政権の対中政策を転換し、中国を米国の国益に挑む「修正主義勢力」として相次ぐ対中強硬策を実行した。対中強硬姿勢は現在のバイデン政権にも引き継がれている。

 

米国企業の対中競争力の向上のため、米国政府は中国からの輸入品に対する関税措置、中国企業に対する先端技術の輸出管理の強化、米国企業への補助金の供与などの様々な手段を講じている。このほか、企業の競争力を高めるための施策は多岐に亘るが、本稿では、通商協定を起点として米国企業の対中競争力を考察する上での視点を(1)市場としての米国の魅力、(2)米国における調達の強靭さ、(3)米国におけるイノベーションの促進の3つに分類し、日本、米国、豪州、インドの4か国の対話の枠組みであるQuad及び米国が提唱したIPEF(Indo-Pacific Economic Framework:インド太平洋経済枠組み)における取組みが3つの視点にどのように寄与するかを考察した。

 

 

第1節 Quad:初の首脳会合開催を皮切りに取組みが進展

 

日本、米国、豪州、インドの4か国の対話の枠組みであるQuadは、2007年に日本の安倍首相(当時)が、権威主義的な動きを強める中国に共同で対処することを念頭に、4か国の戦略対話の必要性を訴えたことに端を発する。2004 年のスマトラ沖地震の際の 4 か国による被災地支援が原点で、自由や民主主義、法の支配といった共通の価値観を持つ4か国がインド太平洋地域での協力を確認する場とされた。インドと豪州が、中国を刺激することを避けたために創設から数年間は活動が停滞していたが、両国と中国との関係が変化したことに伴い、2017年にQuadは再び動き出した。

 

その後、米国のバイデン大統領の強い働きかけによって2021年9月に米国で初の対面の首脳会合が開催された。首脳会合の際に採択された共同声明では、新型コロナウイルス感染症のワクチンへのアクセスの向上に加え、重要・振興技術への対応やインフラ整備、気候変動、サイバーセキュリティ、宇宙、STEM(科学、技術、工学及び数学)分野の人材育成に関する協力などに合意した。Quadは創設当初、軍事・安全保障の色合いも強かったが、現在では経済協力にも重点を置いている。

 

続く2022年5月、ロシアによるウクライナ侵攻が緊迫化するなか、日本で対面の首脳会合が開催された。当時、インド及びその他3か国の間でロシアに対する外交方針に差異が生じていたことから、Quadの存続を危ぶむ声もあった。しかしながら、2022年5月に採択された共同声明によると、初の首脳会合が開催された2021年9月時点と比較し、取組みが進展しているプロジェクトが多く見られた。インドとしても、政治・外交的な側面と経済協力における実利は区別していると考えられる。下記にQuadの進捗の具体例を示す。

 

【インフラ整備】

2021年時点では、インド太平洋地域におけるハイスタンダードなインフラを主導するという方針と「2015年以来、日米豪印のパートナーは、地域のインフラのために、480億米ドル以上の公的資金を供与した」旨の過去の実績の確認だった。2022年には、「次の5年間にインド太平洋地域において500億米ドル以上のインフラ支援及び投資を行うことを目指す」として具体的な金額が示された。また、「クアッド債務管理リソースポータル」等を通じて債務問題に対処する必要がある国々の能力強化に取り組むことなどが追加された。インフラ整備は、3つの視点のうち(2)米国における調達の強靭さに該当すると捉えられる。

 

【気候変動】

2021年時点では、「大洋州に特に深刻な課題をもたらす気候変動の影響の緩和及び適応のための連携を継続する」とされた。2022年には、「パリ協定を着実に実施し、COP26の成果を実現していく」旨が明記されている。加えて、緩和と適応の2つをテーマとする「Q-CHAMP(日米豪印気候変動適応・緩和パッケージ)」の立ち上げにも合意した。Q-CHAMPでは、クリーン水素とクリーンアンモニア、天然ガス部門におけるメタン削減及びCCUS(二酸化炭素回収・有効利用・貯留)/カーボンリサイクルに関する知見共有を通じたクリーンエネルギーへの移行の強化・加速化や、インド太平洋地域におけるクリーンエネルギーのサプライチェーンを強化する計画の策定可能性などを検討する。また、2022 年7月のシドニー・エネルギー・フォーラムへの支援などを通じた、責任ある強靭なクリーンエネルギーのサプライチェーンの支援などに取り組むとしている。

 

加えて、米国ホワイトハウスが発出したファクトシートによると、グリーン輸送、エネルギーサプライチェーン、災害リスク軽減、気候情報サービスの交換に係るさらなる取組みを開始する。クリーンな水素とクリーンなアンモニア燃料の開発を進め、LNG(液化天然ガス)セクター全体でのメタン排出量の削減に関する一連の円卓会議の立ち上げにも言及されている。(2)米国における調達の強靭さに該当する内容だ。

 

【サイバーセキュリティ】 

2021年時点では、サイバー脅威に対する重要インフラの強靭性を強化するための新たな取組みの開始や日米豪印サイバー上級グループの立ち上げに合意した。2022年には内容が具体化され、中国からのサイバー攻撃に対応しサイバーレリジエンスを高めることを目的とし、政府調達における基本的なソフトウェアセキュリティ基準を整合させることに合意した。加えて、日米豪印サイバーセキュリティ・パートナーシップの下、インド太平洋地域における能力構築プログラムについての協力にも合意した。なお、サイバーインシデントの防止、潜在的なサイバーインシデントに対する国内および国際的な能力の準備、サイバーインシデントが発生した場合の迅速かつ効果的な対応を目的とし、各国は次のとおりに役割を分担することとされている。豪州:重要インフラの保護、インド:サプライチェーンの回復力とセキュリティ、日本:労働力開発と人材育成の主導、米国:ソフトウェアセキュリティ標準。これらは(1)市場としての米国の魅力、(2)米国における調達の強靭さ、(3)米国におけるイノベーションの促進に該当する内容だ。

 

【重要・振興技術】

2021年には、首脳間の共同声明に加え、技術の設計、開発、ガバナンス及び利用に関する原則声明を発表するとともに、半導体サプライチェーン・イニシアティブの立ち上げに合意した。2022年には、グローバルな半導体サプライチェーンにおいて補完的な強みを一層活用することに合意。加えて、新たに立ち上げるISCN(International Standards Cooperation Network:国際標準協力ネットワーク)を通じた国際標準化における協力の促進についても合意した。ITU(International Telecommunication Union:国際電気通信連合)などにおける国際標準化活動における協力にも言及されている。ISCN等の詳細な動向は執筆時点(2023年1月)では確認ができないが、今後、既存の国際標準化の舞台においてもサイバーセキュリティをはじめとする先端技術分野で日米豪印の連携が強化される可能性が高い。また、4か国は新たに5Gサプライヤーの多様化及びOpen RANに関する新たな協力覚書の署名を通じ、相互運用性及び安全性の推進に合意した。米国はこれまで、ECRA(Export Control Reform Act:輸出管理改革法)などの国内法の強化によって中国ハイテク企業に対する先端技術の輸出を規制し、ハイテク分野における中国企業支配の阻止を企んできた。

 

現在では、国内法に加えてQuadの枠組みも活用している。米国のハイテク分野における危機感のひとつが、次世代通信網である5Gの基地局のベンダーだ。従来の基地局の仕様では、特定のベンダー1社の機器で揃えることが一般的だった。このためベンダーとして1社が参入するとロックインされるという状況が起きていた。実際、2021年時点では中国のHuaweiとZTEが、携帯電話の基地局のグローバル市場の約54%を占めている(*2)。これに対して米国が進めてきたのは、Open RANによって基地局にマルチベンダーが参入できる仕組みの構築だ。RAN 内の様々なサブコンポーネント間のプロトコルとインターフェイスを標準化またはオープン化することで単一のベンダーに依存しないモジュラー設計が可能になるとされる。Open RANが実現すれば、基地局において特定企業の寡占を防ぐことができる。

 

米国でのOpen RANの取組みはQuad首脳会合以前から進められてきたが、最近ではQuadの動きとの連携がみられる。例えば、オープンなインターフェイスの標準化を目指し、米国主導で2020年5月に立ち上がったグローバルな業界団体である「Open RAN Policy Coalition」は、Quad の技術標準コンタクトグループと連携しているとされる。2022年5月には、Quad参加国の局長級で「5Gサプライヤー多様化及びオープンRANに関する新たな協力覚書」への署名も行われた。Open RANの検証、相互運用性、セキュリティに関する情報共有や試験環境の共有の可能性の検討を行うとされている。米国は、Quadを利用し、Open RANの推進において日米豪印を自国陣営に取り入れることを企図する。これらの動きは(2)米国における調達の強靭さ、(3)米国におけるイノベーションの促進に該当する。

 

【宇宙】

2021年時点では、衛星データの共有、宇宙の持続可能性のための原則及びルールにかかる協議の実施に合意した。2022年には、「日米豪印衛星データポータル」を提供するとともに宇宙からの民間地球観測データの共有に努めるとされている。 「日米豪印衛星データポータル」は既に立ち上がっており、「気候変動モニタリング」「災害対応と備え」「海と海洋資源の持続可能な利用」「その他」の4分野で構成される。

日米豪印の各国は、ポータル上で各々のシステムを共有している。例えば、豪州はEASI(Earth Analytics Science & Innovation)データ分析プラットフォームを共有する。EASIは、NASA(米国航空宇宙局)、USGS(米国地質調査所)、英国のUK Catapult、国際機関であるCEOS (Committee on Earth Observation Satellites:地球観測衛星委員会) のパートナーと共に開発したもので、Open Data Cube の概念となった豪州のイノベーション「Australian Geoscience Data Cube」に基づくクラウドベースのデータ分析プラットフォームだ。

日本からは、気候変動に関する研究から得られる科学的知見を蓄積・統合・分析・提供するための情報基盤である文部科学省のデータ統合・分析システム(DIAS)や、温室効果ガス観測衛星(GOSATシリーズ)を共有している。取組みがさらに進展すれば、(3)米国におけるイノベーションの促進にも該当し得る。

 

STEM分野の人材育成】

2021年時点では、米国のSTEM分野の主要な大学院にて修士号及び博士号取得を目指す学生を援助する「日米豪印フェローシップ」の立ち上げに合意した。2022年には日米豪印フェローシップが正式に創設されており、第一期生は2023年第3四半期に学業を開始する予定だ。最先端の研究とイノベーションにおいて4か国を牽引することになるSTEM分野の才能ある次世代の人材育成を目的とする。(3)米国におけるイノベーションの促進に該当する。

 

以上のとおり、Quadにおいては、2021年9月の首脳会合以降、取組みが進展している分野が複数あり、3つの視点からは米国企業の対中競争力の向上にも寄与していると考えられる。

 

 

第2節 IPEF:デジタルやサプライチェーンの強靭化など新分野にアプローチ

 

IPEFは、2021 年 10 月末にEAS(East Asia Summit:東アジア首脳会議)において、米国のバイデン大統領がインド太平洋地域の多国間の経済枠組みの構想に言及したことが出発点だ。同地域で影響力を増す中国へ対抗した枠組みの構築を企図したものだ。その後調整を重ね、2022 年 9 月に米国で 開催されたIPEF 閣僚会合において正式な交渉開始が宣言された。この時点では、米国、日本、豪州、ニュージーランド、韓国、 ASEAN7 か国(インドネシア、シンガポール、タイ、フィリピン、ベトナム、マレーシア、ブルネイ)、インド及びフィジーの 14 か国が交渉に参加している。

 

IPEFは関税の撤廃・削減を含まない通商枠組みで「貿易」「サプライチェーン」「クリーン経済」「公正な経済」の4本柱で構成される。執筆時点(2023年1月)では、第一回目の交渉会合が終了している。 先に述べた(1)市場としての米国の魅力、(2)米国における調達の強靭さ、(3)米国におけるイノベーションの促進の3つの視点からIPEFの取組みを整理する。

 

まず、(1)市場としての米国の魅力が高まるかという点について、IPEFは関税面での変化はないが、非関税障壁やデータ連結性の観点からは改善される可能性がある。「貿易」の柱における「透明性・良き規制慣行」では、ルールメイキングにおける透明性の確保、パブリックコメントの機会の提供や科学・エビデンスの考慮を推進している。米国自体の規制導入の際の手続きは必ずしも不透明ではないが、米国の取引相手の透明性が高まることや、取引相手国においてIPEF参加国に配慮した手続きがとられる場合は米国にとってのメリットとなる。また、IPEFのひとつの鍵と位置づけられている「貿易」の柱の「デジタル経済」では、国境を越えるデータの信頼のある安全な流通に重点を置いている。ベトナムやインドネシアなど、IPEF参加国のなかにはデータの越境移転を制限している国がある。IPEFのデジタル経済ルールがこういった国々とのデータ連結性を高められるか、ひとつの焦点だ。なお、IPEFでは、新興国と中所得国の女性と女児を対象とした大規模な「デジタルスキルアッププログラム」の提供が予定されている。IPEF 新興国と中所得国の女性と女児を対象とし、2032年までにデジタルツールを使用するためのスキルアップの機会を500,000以上提供することを計画する。米国からは、Amazon、Amazon Web Services、American Tower、Apple、Cisco、Dell Technologies、Edelman Global Advisory (EGA)、Google、HP、IBM、MasterCard、Microsoft、PayPal、Salesforce及びVisaといった名だたる企業が参加している。IPEFにおけるデジタル経済のルール形成を米国が重視している表れでもある。「デジタルスキルアッププログラム」の主な内容は下記のとおり。

 

  • データサイエンス、サイバーセキュリティ、AI、ロボティクスなどの分野で女性向けのトレーニングを提供する
  • 女性の中小企業経営者向けに、ウェブサイトの計画と開発、検索エンジンの最適化とマーケティング、予算編成、ソーシャル メディアを含む包括的なデジタルツールキットを提供する
  • 地方の女性ためのデジタルリテラシーと起業家精神のトレーニングを提供する
  • デジタルコンテンツ制作のために作家やイラストレーターを養成、そのコンテンツを読書アプリを通じて提供し、女性のリテラシーを向上させる

 

一般的に、先進国と途上国の双方が参加する通商枠組みにおいては、「アメ」として先進国が関税の撤廃・削減によって自国の市場を開放することが、途上国側が当該枠組み参加する主要なインセンティブとなる。関税の撤廃・削減という「アメ」を含まないIPEFにおいて、デジタル分野における協力の有効性は交渉の行方を左右する重要な鍵となる。米国がデジタル分野の協力に力を入れるのはかかる背景がある。また、投資家による評価の向上という観点では、「貿易」のなかの「環境」で、クリーンテクノロジー並びに環境物品及びサービスに関連する貿易及び投資の促進に言及されている。ただし、APEC(アジア太平洋経済協力)におけるEGA(環境物品協定)交渉では環境物品の関税の撤廃・削減が議論されていたものの、対象品目に対する参加国間の立場の懸隔が埋まらず合意に至っていない。関税を含まないIPEFで新しいルールを導入できるかが焦点となるが、交渉の紆余曲折を予想する専門家の声もある。

 

次に(2)米国における調達の強靭さに寄与する取組みを考察する。世界共通の課題として新型コロナウイルス感染症の拡大やロシアによるウクライナ侵略などによって、医療物資や半導体などの重要部材のサプライチェーンが途絶するリスクが顕在化している。このようななかで交渉が進められるIPEFでは、これまでの通商協定では殆ど触れられてこなかった「サプライチェーン」にも重点を置く。「サプライチェーン」の柱における主な取組み内容は下記の通り。

 

【重要分野及び物品の基準の策定】

  • 各国の国家安全保障、各国国民の健康及び安全並びに各国経済の重大又は広範な混乱の防止を通じた経済の強靱性にとっての重要分野を特定するための基準の策定
  • 関連する原材料の投入、製造又は加工の能力、物流管理の円滑化及び保管のニーズを特定するためのプロセスの開発

 

【重要分野と物品における強靭性及び投資の増加】

  • サプライチェーン内の唯一の供給源又はチョークポイントの特定を可能とすること
  • 重要分野における各国の産業の強化及び貿易や投資の支援、物的インフラ及びデジタルインフラを改善するための投資の促進及び支援、サプライチェーン強靭化に関する戦略への投資の支援
  • 既存のサプライヤーを強化し、潜在的なサプライヤーを育成するための高度な製造技術その他近代化の取組への投資の促進及び支援

 

【情報共有及び危機対応のメカニズムの構築】

  • 重要分野における物品及び関連する不可欠なサービスの効率的な移動を円滑にする対応策を含むサプライチェーンのぜい弱性及び混乱に関する政府間連携のためのメカニズムの構築
  • データの安全な交換を促進するための技術の利用を奨励し、各国政府の秘密、規制遵守及び能力に配慮した情報共有プロセスの提示

 

【労働者の役割の強化】

  • サプライチェーンの強靱性を構築するため、国内の労働法に適合し、パートナーが採択した労働における基本的な原則及び権利に関するILO(国際労働機関)宣言に基づく労働者の権利を促進する
  • 重要分野のサプライチェーンにおける十分な人数の技能労働者の確保に必要となる、訓練や育成の機会への投資に関する規定や取組を追求する意図を有する

 

【サプライチェーンにおける透明性の向上】

  • 中小零細企業に不必要な負担を課することなく、重要分野におけるサプライチェーン全体の透明性を向上させるための手段及び措置の開発の促進並びにリスクに対処し、リスクを軽減し、緩和するための民間部門と連携する

加えて、「貿易」の柱の「農業」においても食料及び農業のサプライチェーンの強靱性及び連結性の強化、食料及び農産品の輸入を制限する不当な措置の回避、規制の過程・手続における透明性の向上の促進などが合意されている。

 

サプライチェーンに関しては、2022年5月に日本で成立した経済安全保障推進法においても、重要物資の安定供給が柱のひとつとされている。法令が指定する「特定重要物資」を生産、輸入または販売する企業等は、供給能力確保・事業継続性確保のための計画やサイバーセキュリティの対応などを国に提出し、認定を取得した場合は、国からの金融支援等の享受が可能になる。日本政府は2022年12月20日、経済安全保障推進法における「特定重要物資」を閣議決定した。抗菌性物質製剤、肥料、永久磁石、工作機械・産業用ロボット、航空機の部品、半導体素子及び集積回路、蓄電池、クラウドプログラム、可燃性天然ガス、金属鉱産物、船舶の部品が該当する。内閣官房が設置する経済安全保障法制に関する有識者会議では、日本の経済安全保障推進法の制定にあたってIPEFの議論と歩調を合わせるべき旨が指摘されている。IPEF参加国間でサプライチェーンの強靭化にかかる連携が検討されている。

 

最後に(3)米国におけるイノベーションの促進の視点として、IPEFでは主に「クリーン経済」の柱の取組みが該当する。主な取組み内容は下記のとおり。

 

【エネルギー安全保障及びエネルギー移行】

  • 新興クリーンエネルギー技術の展開及びクリーンエネルギーの容量・生産・貿易の拡大、地域の電力網強化を含むエネルギー効率及びエネルギー保全を促進する
  • 各国それぞれのエネルギー安全保障及びエネルギー移行に関する取組を考慮し、化石燃料エネルギーへの依存を減らすための創造的かつ革新的な方法を見つけることの重要性を認識する

 

【温室効果ガス除去のための革新的技術】

  • ネット・ゼロへのそれぞれの道筋を追求するために、安全で持続可能な温室効果ガス除去技術の規模拡大及び費用削減、並びに革新的で耐久性のある自然を活用した解決策の重要性を認識する
  • 地域全体における二酸化炭素の回収、有効利用、輸送及び貯留の需要及び供給に資する取組を追求する

 

【クリーン経済への移行を可能にするインセンティブ】

  • クリーン経済の目標にとって不可欠な技術協力、労働力開発、キャパシティ・ビルディング及び研究協力の促進に努める
  • 民間資本及び機関投資家を含む資金動員に関する協力を強化する

 

以上、通商協定を起点として米国企業の対中競争力を考察する上での視点を(1)市場としての米国の魅力、(2)米国における調達の強靭さ、(3)米国におけるイノベーションの促進の3つに分類し、Qaud及びIPEFにおける取組みを整理してきた。概観を下記図表①に示す。

 

今後の交渉次第で状況が変わる項目もあるものの、QuadやIPEFにおける取組みは、(1)市場としての米国の魅力、(2)米国における調達の強靭さ、(3)米国におけるイノベーションの促進の観点では米国企業の対中競争力の強化に寄与するものと考えられる。特に先端技術分野ではインパクトが強く出るだろう。これまで通商協定のメインとされてきた関税の撤廃・削減を含まない通商枠組みにおける新たなルール形成とその役割が着目される。

 

【参考文献】

 

(*1) 米国、カナダ、メキシコ、ドイツ、EU-28からドイツ除いた国、中国、インド、日本、韓国、台湾の10か国・地域を対象
(*2) 出所:deallab 「通信・携帯基地局の世界市場シェアの分析

 

株式会社オウルズコンサルティンググループ
チーフ通商アナリスト
福山 章子

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