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2021年2月8日
ルール形成・標準化

イノベーションとルール形成(2019年3月執筆記事)

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※月刊アイソス2019年3月号に寄稿した内容を一部変更して掲載しています
無人自動運転やドローン、AI(人工知能)や各種の生体認証技術―――半導体やセンサーの指数関数的な技術革新に伴い、イノベーションというキーワードが毎日の紙面を賑わせる時代に入った。新たなマーケットを「ルール形成しながら」開拓するのは、欧州にとっては特段新しいアプローチではない。彼らにとって、世界は100年以上前から「新興市場」一色。自らに有利なルールのもとで市場を創造することに長けて当然だ。過去にないスピードで勝敗が分かれるイノベーション競争において、日本がルール形成で勝つには何が必要か。

I.半導体や液晶の敗因は「地方格差是正」?

まずは過去の反省から入ろう。日本では過去、イノベーションとルール形成が正しく循環せずにグローバルな産業競争に敗れた苦い経験がある。半導体や液晶ディスプレイの凋落には、意外なルールによって産業構造が歪められたことも起因しているのだ。
半導体製造の前工程やディスプレイの開発生産プロセスなどの極めて資本集約的な産業で覇権を争っていた2000年代、日本政府も他国同様に研究開発減税などの産業支援ルールを打ち出した。だが、これらグローバル競争の最前線にいるメガ・ハイテク企業を対象とした政策とは全く趣旨を異にする「地方格差是正」のためのルールが、これら産業強化の足を引っ張ることとなったことはあまり知られていない。
地域・自治体が策定した産業計画を国が承認し補助金・税制面で支援する「企業立地促進法 (2007年)」が、「勝てる代表選手」への集中的な設備投資を阻害したのだ。「わが町にもハイテク工場を」として、大規模な補助金を梃子に企業を誘致し、結果としてサブスケールな工場を日本全国にばら撒いてしまった。2012年頃には、なんと40近い都道府県に半導体の前工程工場が散在することになったのだ。
規模で劣るだけでも競争上不利になることに加え、このルールはさらに世代の古くなった設備の入れ替えを遅らせてしまう。設備更新が必要な工場の操業停止に対し、自治体が補助金の返還を求めたのだ。結果、「小さく」「古い」工場が日本全国に散在することになり、競争力を欠いた日本の企業はグローバルな競争から徐々に退場することになる。
いま政産官を挙げて議論を重ねている「Society 5.0」こそ、この苦い経験からの学びを活かすべきだろう。今日のイノベーションの土俵はまさに社会づくり。個々のアジェンダで有用なルールが、他の政策目標を阻害する愚を犯してはならない。

II.日系のグローバル認証機関がないことに危機感を

「イノベーションとルール形成」において、分野横断で注目が必要な次のトピックが「認証機関」だ。世界各国に試験センターを保有し、広範なサービスを提供するいわゆる「グローバル認証機関」が日本にはないのだ。この古くて新しい課題を、いよいよ解決しなければならない。エンジニアリングや企業競争力で同列に語られるドイツや米国に比して、日本がこれだけ圧倒的な劣位にある分野は他に類を見ないだろう。このままでは「モノサシ」を他人に委ねたままでの技術イノベーション競争を強いられ続ける可能性がある。
認証機関は、製品、プロセス、システム、要員又は機関に関する規定要求事項が満たされていることを証明する機関だ。既存のルールに対する後工程のような位置づけだが、ルール形成において大きな影響力を持っている。
ルール形成の過程において、認証機関には「そのルールが求める技術要件は再現可能な認証ができるか」という専門的知見の提示が求められる。認証機関が認証・検査できないルールは、成立し得ないのだ。認証機関はルール競争において、権威ある審判員のような位置づけと捉えることができる。「イノベーションとルール」において、最も味方につけなければいけないのは認証機関とも言えるだろう。
さらに、認証機関は「ルールの普及」においても重要な役割を果たす。先端分野では複数の技術規格が乱立するケースがあるが、この場合、「認証機関が担ぎやすい」規格の方が普及されやすい。そもそも、ルール形成そのものである「標準化(Standardization)」や「規制・恩典づくり(Regulation making)」自体は、産業にとって事務コストに過ぎない。他方、認証機関にとっては「検査」「認証」は、収益源である。
認証機関は、優秀なエンジニアを雇用しながら高額な試験設備を選択的に導入し、その稼働率を高めることで利益獲得を目指す。標準や規制のデザイン検査・認証という有料サービスが高回転するタイプに仕立てることができれば、そのルールは広く普及する可能性が高い。
欧米にはスイスのSGS(Société Générale de Surveillance)やドイツのテュフ ラインランド(TÜV Rheinland)、米国のUL(Underwriters Laboratories)など、世界各国で計数万人規模のエンジニアを抱える認証を生業とする大企業が存在する。これら企業の年間売上高は数千億円に及ぶ。他方、日本の認証機関として最大規模の日本品質保証機構(Japan Quality Assurance Organization: JQA)は870人程度(2018年4月時点)の従業員規模で、売上高は150億円弱だ。
日本では旧来、法令ごとにひとつの認証機関を設立してきた経緯から、各組織が極めて小粒の専門機関になってしまっている。
しかもこれら機関の大半は株式会社ではなく財団の形態。M&Aを繰り返しながら成長し続ける欧米の認証機関と対等に戦うことはできない。この実態に対して、近年ついに官民が動き出した。2017年に経済産業省が発信した「今後の基準認証の在り方答申」では、欧米系のグローバルな認証機関の台頭に注視する項目が設けられた。政府におけるルール形成戦略の重点テーマとして、現在も検討が進められている。もうひとつの光明が、奮い立った民間「試験機関」の存在だ。各国で制度の「認証機関」になるためには国から「認定」を受けなければいけないが、そもそも広範な技術分野の試験に対応できなければマネタイズがおぼつかない。これまで日系の試験・認証機関が実現できなかった「ワンストップ化」を目指して立ち上げられた民間の試験センターがある。振動技術をコアとするIMV株式会社が2018年に埼玉県入間市に開設したテストラボだ。ここでは、電気自動車分野を中心としつつ、振動分野だけでない包括的な試験を各社独自規格にも対応しつつ一気通貫で行う。これに各国の法令対応力が具備されれば、これまで日本になかったグローバルな試験・認証機関の実現となるだろう。「イノベーションとルール形成」のホットトピックとして注視が必要だろう。

III.ルール形成の「アジャイル化」は制度づくりへの参画チャンス

法制度整備や国際標準化には時間がかかり過ぎ、イノベーションの速度に追いつかない。この課題に対応するため、近年の政府や国際標準化機関はいわゆる「ファスト・トラック」と呼ばれるような「ルール策定プロセスの迅速化」に努めてきた。だが、いよいよこのアプローチだけでは、「ルール」が「イノベーション」のスピードに追いつかなくなってきた。
そこで取り入れられ始めたのが「レギュラトリー・サンドボックス」という政策だ。これは「実証による政策形成」のための仕掛けであり、「試行錯誤のための社会実証を積み重ねる」ことによるイノベーション創出のための法制度措置だ。ルール形成の「アジャイル化」とも捉えられるだろう。
「レギュラトリー・サンドボックス」の根底は「まずやってみる」「都度、必要な修正を重ねる」チャレンジ精神だ。この制度のもとでは現行の規制を適用させず、既存の法律に基づいた手続きや規格を経ずに実証実験ができる。イノベーションを担う企業も、ルールづくりを行う政府も、ともに「走りながら考える」のだ。中国の深圳におけるドローン産業や英国でのFinTech産業の拡大は、これによる好循環の最たる例として語られる。省庁の担当部局が密室で検討する制度設計と違い、このルール形成の「アジャイル化」によって制度づくりへの参画者がこれまで以上に多くなることが期待される。旧来型産業における岩盤規制を緩和させるための沈鬱なロビー活動と違い、イノベーションに係るルール形成の試行錯誤の高速回転の中では、多くの企業や研究者に制度づくりの門戸が開放されるのだ。政府にはそれら多くの事業者、複数の省庁を広く連携させるプロジェクトマネジメント力が必要となるだろう。
激動のグローバル情勢の中、非連続な技術革新が巻き起こりながら「平成」の時代が終わろうとしている。次の中期経営計画に「ルール形成」がなくては、新たな時代で生き残ることが難しいだろう。
株式会社オウルズコンサルティンググループ
代表取締役CEO
羽生田 慶介
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