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REPORT レポート・調査
2023年11月20日

米欧日によるグローバルサウスの取り込みが加速。そこで生まれる事業機会を獲得せよ (2023年11月 JBpress掲載)

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本連載では、激動の地政学動向において企業が取り組むべき5つの指針を示している。
前回「地政学リスクに伴うコストアップへの対処が経営の腕の見せ所」では、地政学リスクが高まる中で、企業は、経済合理性を維持しつつも、有事における供給の脆弱性を回避し、事業の継続性を確保する体制への転換が不可避であることを述べた。最終回となる今回は、指針5「米欧日によるグローバルサウスの取り込みが加速。そこで生まれる事業機会を獲得せよ」について詳しく語る。

※2023年11月9日付のJBpressの記事を一部変更して掲載しています。

 

 

「米中対立等の地政学リスクの高まりに対応しなければならない」、「経済安全保障への取り組みは喫緊の経営課題だ」と聞いて、わが社にとってはビジネス上のリスクとコストが増すばかりだ、と溜息をついている経営者も多いことだろう。しかし、地政学リスクの拡大は事業のリスクやコストを増大させるだけではない。これらへの対応を契機に、ビジネス・チャンスをとらえていくことが今、経営者に求められている。実際に、地政学リスクを踏まえたサプライチェーンの見直しをDX(デジタル・トランスフォーメーション)推進のきっかけにする企業もある。また、生産拠点の多様化や国内回帰を進める際に、長年の課題であった生産工程の自動化や部品の共通化を図り、効率化・コスト削減を同時に進める企業も出てきている。

 

これらに加えてもうひとつ、注目すべき新たなビジネス・チャンスにつながる動きがある。それは、G7諸国等による「グローバルサウス」への莫大な投資だ。深刻度を増す米中両陣営の対立に対して、「グローバルサウス」は中立の立場をとることで、自国の利益を確保する、いわば「漁夫の利」を得ようとしており、そこに多くの新たなビジネス・チャンスが生まれている。米国・中国それぞれによるグローバルサウス各国への影響力強化を目的とした支援や投資は今後も拡大が続く。

 

G7は6,000億ドルの投資を目指す

 

2022年6月にドイツで行われたG7エルマウ・サミットでは、「グローバル・インフラ投資パートナーシップ(PGII)」の立ち上げが合意された。これは、2027年までの5年間に官民合わせ6,000億ドルの投資を目指すものだ。その目的は、気候変動やエネルギー危機への対応、サプライチェーンの強靭性の向上、デジタル・インフラや交通網の整備を通じた連結性の強化、より強く持続可能な保健システムの改善、ジェンダー平等の進展、などと多岐にわたっている。これを受け米国は、民間投資を合わせ5年間で2,000億ドルの投資を目指すと公表し、さらに、G7以外の諸国や世界銀行等の国際開発金融機関等にも投資を求めた。

 

その主な投資先は「グローバルサウス」と呼ばれる新興・途上国で、対象となる地域はアフリカ、インド、南米、東南アジア等広範だ。グローバルサウスへのインフラ投資戦略では、今年で始動から10年を迎えた中国による「一帯一路」が先行してきた。中国は、「中国・中央アジアサミット」や「中国・アフリカ協力フォーラム」等の枠組みの中でデジタル・イノベーションなどの経済協力も進めている。国際世論の形成や、重要資源の確保等の経済安全保障の取り組みにおいて一層重要性を増しているグローバルサウスとの連携を強化するには、G7としても中国に見劣りしない「実利」を新興・途上国に示す必要がある。PGIIは、中国の「一帯一路」等の戦略へのG7による対抗策でもある。

 

EUは「グローバル・ゲートウェイ」で3,000億ユーロを投資

 

欧州連合(EU)は、2021年12月に発表した「グローバル・ゲートウェイ(Global Gateway)」戦略を通じてPGIIに貢献するとしている。これは、新興・途上国のデジタル分野やグリーン移行に向けたエネルギー分野、保健・教育などの分野に対して2027年までに官民合わせて3,000億ユーロを投資するというものだ。同戦略を通じてEUは、投資受入国のニーズに応えると同時に、EUの価値や基準をグローバルサウスに広め、EUとグローバルサウス諸国との連携を強化することを目指している。

 

2023年9月のG20サミットの際に開催されたPGII会合で、ウルズラ・フォン・デア・ライエン欧州委員長は2つのプロジェクトを強調した。ひとつは、「インド・中東・欧州経済回廊(India – Middle East – Europe Economic Corridor)」で、インドと中東、欧州を鉄道や海運、海底ケーブルやパイプラインで結び、物品やエネルギー、データの流通を促進しようとするものだ。同プロジェクトの覚書には、EU(及びフランス、ドイツ、イタリア)に加え、米国、インド、サウジアラビア、アラブ首長国連邦(UAE)が署名した。同プロジェクトには、中東で影響力を増す中国に対抗する狙いがあるとみられている。

 

ただし、本プロジェクトは、今般の中東情勢の緊迫化により、その行方が不透明になっている。もうひとつは、米国と連携した「アフリカ国際回廊(Trans-African Corridor)」で、銅やコバルト、リチウムを産出するコンゴ民主共和国(DRC)及びザンビアと、アンゴラのロビト港を結び、国際市場へのアクセスの改善を図るものである。これは、G7諸国が進めている中国への依存度の低減(デリスキング)と、重要資源の供給先の多様化に資するプロジェクトでもある。

日本もグローバルサウスとの連携を一層積極化

 

日本も、グローバルサウスへの投資に積極的な姿勢を示している。岸田文雄首相は、施政方針演説をはじめ、グローバルサウスへの関係強化を外交上の重要課題として度々言及してきた。PGIIにおいても、5年間で650億ドル以上のインフラ支援と民間資金の動員を目指すことを明らかにしている。

 

2023年10月17日には、内閣官房長官を議長とする「グローバルサウス諸国との連携強化推進会議」の第1回会合を開催し、「日本企業の現地展開の加速など経済・ビジネス活動の深化を進める」ことなどが議論された。自由民主党も、10月5日に政務調査会長を本部長とする「日・グローバルサウス連携本部」の初会合を開催している。 PGIIにおけるこれまでの実績としては、国際協力機構(JICA)によるインドでのムンバイ・アーメダバード間の約500kmを日本の新幹線システムを利用した高速鉄道で結ぶ事業への有償資金協力(円借款)など、インド太平洋地域での案件が多いが、最近は他の地域での取り組みにも注力している。

 

2023年8月には、西村康稔経済産業大臣がアフリカ5か国(ナミビア、アンゴラ、コンゴ民主共和国、ザンビア、マダガスカル)を訪問し、鉱物資源確保のための政府間・ビジネス関係の強化が図られた。翌9月には、『「中央アジア+日本」対話・経済エネルギー対話』が設立され、西村経産相とエネルギー・鉱物資源を有する中央アジア5か国(カザフスタン、キルギス、タジキスタン、トルクメニスタン、ウズベキスタン)の閣僚との間で第1回対話が開催された。

 

こうした取り組みは、プロジェクト参加企業に利益をもたらすだけではなく、相手国との関係強化やインフラ整備等のビジネス環境の改善によって多くの企業のビジネス・チャンスを広げることになる。首相や閣僚の外国訪問に同行する日本企業は、エネルギーやインフラに関連する大手企業のみならず、ITやバイオ関連のスタートアップ企業などにも拡大している。

 

グローバルサウスは、今後の人口増加、経済成長が見込まれ、日本企業にとって将来の生産拠点や市場となることが期待される。日本企業は、日本政府の取り組みはもとより、米国やEU等も含めた諸外国の事業も注視し、投資や市場参入の機会を獲得していく検討を本格化すべきだ。 2023年版通商白書は、グローバルサウスが直面する社会課題解決へ日本企業が貢献することが、日本企業の海外展開を促進する上で重要だと指摘している。企業が自ら自社事業を活かした新たな官民連携を提案することも歓迎されるだろう。

まだ「インド太平洋」に違和感あるビジネスパーソンへ

 

多くのビジネスパーソンにとって、日米ともに提唱しているグローバルサウスの雄たるインドを主軸に据えた「インド太平洋」という枠組みは、いまだ慣れない新単語だというのが本音だろう。だが、はっきりとお伝えしたいのが「通商の地域単位は変わりゆく」という真実だ。

 

これまで30年近く慣れ親しんできた「アジア大洋州」という経済地域や、それに沿った「AP(アジア・パシフィック)」という企業統治の単位も、そもそもは人為的に作られた枠組みだ。かつては地理的に近接する「アジア・オセアニア」という区分けしかなかった。そこに、1990年頃から「APEC(アジア太平洋経済協力)」の発足に伴い「アジア・パシフィック」という単位での企業統治が発展したことを思い出してほしい。

 

今後IPEF(インド太平洋経済枠組み)が具体化していけば、企業のグローバル経営の姿も「インド太平洋」流に変わっていく可能性が高い。例えば、現在はとかくガラパゴス化しているインド国内仕様の商品がむしろ、広域な国際スタンダードになるかもしれない。また、この地域のマネジメントリーダー層をインド人が大きく占める企業体も出てくる可能性もある。 我々はみな、かつての地政学的な変遷を前提として今日のビジネスを戦っている。今後確実に増えるグローバルサウスとの連携にどう積極的に取り組むか。経営の手腕が問われている。

 

 

株式会社オウルズコンサルティンググループ
代表取締役CEO
羽生田 慶介

 

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