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REPORT レポート・調査
2023年5月30日

外交・安全保障面が注目されるQuad、密かに進む経済面での連携とは(2023年5月 JBpress掲載)

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外交・安全保障面が注目されるQuad、密かに進む経済面での連携とは

~広島で急遽開催された首脳会合では何が決まったか~

 

G7広島サミットに合わせて3回目となる対面の「Quad(クアッド(日米豪印))」首脳会合が開催された。米国バイデン大統領の予定変更で一時は開催自体が危ぶまれたものの、会合では新たな進展もあった。特に、昨今の米中間の覇権争いの新たな火種となっている海底ケーブルや、世界的な課題となっている半導体や重要鉱物のレジリエンスで新たな枠組みが構築された。外交・安全保障面もQuadの重要な要素だが、あまり報道されていない経済面に着目をすると新たなビジネス上の商機も見えてくる。

※2023年5月23日付のJBpressの記事を一部変更して掲載しています。

 

I. デジタル分野を中心に経済面で協力を進めてきたQuad

 

2023年5月20日夜、G7広島サミットに合わせてQuad(日本、米国、豪州、インドの4か国による対話)首脳会合が開催された。当初は、5月24日に豪州で開催される予定だったが、米国の国内事情によりにジョー・バイデン大統領の訪豪が直前に中止、4か国の首脳が滞在していた広島で急遽開催される運びとなった。G7会合と夕食の間に押し込まれた50分弱の会合ではあったが、新たな取り組みも発表された。

 

Quadは、2007年に日本の安倍首相(当時)が、権威主義的な動きを強める中国に共同で対処することを念頭に、日本、米国、豪州、インドの4か国の戦略対話の必要性を訴えたことに端を発する。自由や民主主義、法の支配といった共通の価値観を持つ4か国がインド太平洋地域での協力を確認する場とされた。

 

インドと豪州が、中国を刺激することを避けたために創設から数年間は活動が停滞していたが、両国と中国との関係が変化したことに伴い、2017年に再び動き出した。その後、米国のバイデン大統領の強い働きかけによって2021年9月に米国で初の対面での首脳会合が開催された。今般は、3度目の対面での首脳会合となる。

 

Quadの創設以来、その意義は軍事面、特に海洋安全保障にあるとされてきた[1]が、インドの慎重姿勢などを背景に、現在では軍事面よりも経済面での連携が進む。詳細が報道されることは少ないものの、Quadはこれまでサイバーセキュリティをはじめとするデジタル分野や気候変動などで協力を進めてきた。今次会合においても新たな取り組みが始まった。

 

 

II. 覇権争いの新たな火種である海底ケーブルで連携

 

今次会合の新たな取り組みのひとつとして、海底ケーブルにかかる「Quad Partnership for Cable Connectivity and Resilience」が発表された。ホワイトハウスのファクトシートによると、同パートナーシップのもとで、米国は、500万ドルのプログラムを通じて、海底ケーブルシステムのセキュリティに関する技術支援と能力構築を提供する。また、豪州は、インド太平洋地域の政府にベストプラクティスを共有し、技術支援を提供するための新しいプログラムを設立する。米国情報技術工業協会によると、インド太平洋地域はインターネットユーザーの大多数が所在する大市場であり、その数は 2023 年までに約31億人に増加すると予想されている。

 

現在、米中間の摩擦は海底ケーブルにも及ぶ。米国は、中国企業が敷設する海底ケーブルからは情報漏洩の恐れがあると警戒する。インターネットの大市場たるインド太平洋地域で海底ケーブルの主権を握ることは、経済面に加えて米国の安全保障にとっても重要だ。日米豪は、従来から太平洋地域の海底ケーブル事業の資金援助も行ってきた。Quadでも戦略的に後押しする。

 

 

III.  半導体や重要鉱物のレジリエンスに民間投資を促進

 

また、今次会合では、クリーンエネルギー、半導体、重要鉱物、量子を含む戦略的技術への投資の促進を目的とした民間部門主導の「Quad Investors Network(QUIN)」の立ち上げも正式に発表された。

 

米国国家安全保障担当補佐官のジェイク・サリバン氏は、「QUINは、半導体から量子、クリーンエネルギーに至るまで、これらの新興技術の開発と製造の加速を目指すことでより豊かでレジリエンスのある、革新的な太平洋地域を育むために世界クラスの人材と投資を動員するQuad諸国の多大な可能性を示す」と述べたとされる[2]

 

また、QUINのアドバイザリーボードには、豪州テルストラ元CEOのアンドリュー・ペン氏、元駐米オーストラリア大使のアーサー・シノディノス氏などが名を連ねる。日本からは、日本経済団体連合会常務理事の原一郎氏や日本電信電話株式会社副社長の柳瀬唯夫氏などの名前が挙がる。ペン氏は、「QUINは、経営者、投資家、技術者が協力し、極めて重要な新興技術への共同投資を拡大するための重要かつ刺激的なフォーラムとして機能する」と発言している[2]

 

QUINが対象とする半導体や重要鉱物の安定的な確保はいまや世界的な課題だ。政府間での枠組みの構築と併せて民間部門の技術革新も求められている。QUINの実効性が今後注目される。

 

 

IV.  米国が主導するOpen RANでグローバルサウスの取り込みが前進

 

これらに加えて、既存の取り組みの進展も見られた。米国はQuadにおいてOpen RANも推進する。米国はこれまで、輸出管理改革法(ECRA:Export Control Reform Act)などの国内法の強化によって中国ハイテク企業に対する先端技術の輸出を規制し、ハイテク分野における中国企業支配の阻止を企んできた。現在ではQuadの枠組みも活用している。

 

米国のハイテク分野の危機感のひとつが、次世代通信網である5Gの基地局のベンダーだ。 従来の基地局の仕様では、特定のベンダー1社の機器で揃えることが一般的だった。このためベンダーとして1社が参入するとロックインされるという状況が起きていた。2021年時点では、中国のHuaweiとZTEが、携帯電話の基地局のグローバル市場の約54%を占めている[3]

 

これに対して米国が進めてきたのは、Open RANによって基地局にマルチベンダーが参入できる仕組みの構築だ。RAN 内の様々なサブコンポーネント間のプロトコルとインターフェイスを標準化またはオープン化することで単一のベンダーに依存しないモジュラー設計が可能になるとされる。Open RANが実現すれば、基地局において特定企業の寡占を防ぐことができる。

 

米国でのOpen RANの取り組みはQuad以前から進められてきたが、近年はQuadの動きとの連携がみられる。オープンなインターフェイスの標準化を目指し、米国主導で2020年5月に立ち上がったグローバルな業界団体である「Open RAN Policy Coalition」は、Quadの技術標準コンタクトグループと連携しているとされる。

 

2022年5月には、Quad参加国の局長級で「5Gサプライヤー多様化及びオープンRANに関する新たな協力覚書」への署名を行った。Open RANの検証、相互運用性、セキュリティに関する情報共有や試験環境の共有の可能性の検討を行う。米国は、Quadを利用し、Open RANの推進において日米豪印を自国陣営に取り入れることを企図する。

 

今次会合では、太平洋初となるOpen RANの展開を確立するためにパラオと協力することが発表された。米国は今月に入ってパラオと戦略的協定を更新している。太平洋諸国で影響力を強める中国への対抗の一環とも捉えられる動きだ。

 

以上、本稿で紹介したのはQuadの経済面での連携の進展の一部だ。このほかにも、サイバーセキュリティ、気候変動、クリーンエネルギーやSTEM(Science(科学)、Technology(技術)、Engineering(工学)、Mathematics(数学))などでの取り組みが進んでいる。外交・安全保障面もQuadな重要な要素だが、経済面の動きに着目をすると新たなビジネス上の商機が見えてくるのではないか。

 

[1] 「外交」、外務省、vol.67、2021年5月31日発行

[2] 「クワッド・インベスターズ・ネットワーク、専門家で構成されるアドバイザリーボードを設置して発足」、businesswire、2023年5月21日

[3] 「通信・携帯基地局の世界市場シェアの分析」、dellab、2023年1月24日

 

株式会社オウルズコンサルティンググループ
チーフ通商アナリスト
福山 章子

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