• TOP
  • レポート・調査一覧
  • サプライチェーン上の人権侵害排除に本腰を入れる政府が埋める外堀(2023年4月 JBpress掲載)
REPORT レポート・調査
2023年5月10日

サプライチェーン上の人権侵害排除に本腰を入れる政府が埋める外堀(2023年4月 JBpress掲載)

PDF DOWNLOAD

経済産業省が「人権尊重のための実務参照資料」に込めた狙いとは

 

2023年4月4日、経済産業省から「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のための実務参照資料」が発表された。本資料は、2022年9月に日本政府が策定した「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」に基づき、企業が対応すべき人権尊重に関する取り組みの内容をより具体的に示すことを目的としたものだ。本資料の発表を機に、「自社でもいよいよ『ビジネスと人権』領域の取り組みを本格化しなければ」と緊張感を高めている日本企業も少なくないが、一方で本資料の意味合いや位置付けをよく理解できていないビジネスパーソンも多いのではないか。昨年の「人権尊重のためのガイドライン」、そして今回の「実務参照資料」と、政府及び経産省が活発に企業向け資料を発出してきた背景には何があるのだろうか。

 

※2023年4月20日付のJBpressの記事を一部変更して掲載しています。

 

強まる日本への「人権デュー・ディリジェンス法制化」プレッシャー

 

前提として、欧米を中心に近年「ビジネスと人権」関連の法制化が加速する中で、「日本は遅れをとっている」と指摘されてきた事実がある。

 

欧州では、企業に人権デュー・ディリジェンス(事業を通じて及ぼしうる人権への悪影響を特定し、防止・軽減するための取り組み)を義務付ける法令がイギリス・フランス・ドイツなどで施行されている。また、欧州連合(EU)全域を対象とする「企業持続可能性デュー・ディリジェンス(Corporate Sustainability Due Diligence)指令」の策定も現在進められている。これは、欧州での売上高などが一定水準を超える企業に対し、人権・環境に関するデュー・ディリジェンスを義務付ける内容だ。米国はカリフォルニア州で同種の法律(サプライチェーン透明法)が施行されている他、強制労働が疑われる新疆ウイグル自治区関連産品の輸入を禁じる「ウイグル強制労働防止法」も昨年施行した。

 

一方、日本政府は2020年に「ビジネスと人権に関する行動計画」を発表したが、企業に対しては人権デュー・ディリジェンスの導入を「期待する」との記載に留まり、義務化や法制化にはやや慎重な姿勢を示してきた。そのため、NGOなどからは「日本も早く法制化の議論を進めるべき」との声が上がっていた。さらに、最近では海外からのプレッシャーが一層強まりつつある。

 

日本政府は「企業実務への落とし込み」を重視

 

今年1月には米国との間で「サプライチェーンにおける人権及び国際労働基準の促進に関する日米タスクフォース」の設置が発表され、今後、日米間で人権関連の規制・政策に関する情報共有を行っていくことが明らかになった。

 

米国が注力している輸出入関連の規制等を日本にも浸透させる狙いがあるものと見られる。また、2月には米国・欧州・オーストラリア・日本などの議員で構成される「対中政策に関する列国議会連盟」(IPAC)が、日本政府に対して人権デュー・ディリジェンスの法制化等を求める声明をまとめた。欧米諸国が取り組みを強化する中、日本にも法制化や規制強化を含む強いコミットメントが求められつつあるのが現状だ。

 

しかし、もし一足飛びに国内での法制化を試みたとしても、企業の実務がついてこられなければ意味がない。政府が具体的な指針や方向性を示さないまま法制化の議論だけが進めば、産業界の反発も大きくなるだろう。

 

そうした事態を避けるため、政府としてはまず国内企業に取り組みを促すためのガイドラインや参考資料の作成に注力してきたものと見られる。今後議論されるルールに実効性を持たせるためにも、まずは企業の実務への落とし込みを優先した形だ。

 

 

企業の疑問に答えた「実務参照資料」

 

2021年に経産省と外務省が実施した企業へのアンケートを見ると、人権デュー・ディリジェンスを実施していない企業の3割強が「実施方法が分からない」ことを理由に挙げていた。この課題に応えるべく、2022年9月に発表されたのが前述の「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のガイドライン」だ。

 

ここでは「ビジネスと人権に関する国連指導原則」等の国際文書に基づいて企業のための指針を示したが、企業からは「取り組みの必要性は分かったが、もう一歩踏み込んだ参考情報がほしい」「まだ中小企業には着手のハードルが高い」といった声も上がった。そこで今回新たに発出されたのが、より具体的かつ実務的な内容を盛り込んだ「実務参照資料」である。

 

昨年のガイドラインで示されたステップの全体像のうち、企業が最初に取り組むべき「人権方針の策定・公表」と「負の影響の特定・評価」を対象に、より具体的な手順や内容の例を示している。

 

資料本編に加え、国際機関などが発信している参考情報をまとめた別添資料や、企業担当者が情報を入力できる作業シートも用意されているのが特徴だ。この領域における政府資料としては、これまでで最も企業の実務に寄り添おうとした内容と言える(さらなる詳細は経産省資料の本編、及び弊社で公開している解説レポートをご覧いただきたい)。

 

 

日本企業は法制化も見据えて取り組み強化を

 

今回の経産省資料の発出とほぼ時を同じくして、公共調達に参加する企業に人権尊重の取り組みを求める政府方針が発表され、注目を集めた。今後、公共調達への入札に参加する企業には、人権デュー・ディリジェンス等の取り組みが実質的に義務付けられることになる。

 

今回の資料発表と併せて、日本企業に人権尊重の取り組みを浸透させるための大きな一手だ。政府がこうした形で一歩踏み込んだ姿勢を示したことで、今後は企業サイドにもさらなる努力が求められる。もはや「方法が分からない」「政府が指針を示してくれない」といった理由は通用しなくなるだろう。

 

また、もし「企業への“お膳立て”がある程度整った」と判断されれば、国内での法制化の議論も急加速する可能性がある。欧州全域でのルール策定が進む中で、レベル・プレイング・フィールド(公正な競争条件)確保の観点から日本へのプレッシャーがさらに強まることも考えられる。

 

もちろん、国内での法制化如何にかかわらず、欧米を中心とする海外法制の影響を受ける日本企業も多いはずだ。いずれにせよ、まだ「ビジネスと人権」に関する取り組みを本格化していない企業は、いよいよ本腰を入れる必要がある。

 

 

株式会社オウルズコンサルティンググループ
プリンシパル
矢守 亜夕美

 

 

/contact/