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REPORT レポート・調査
2023年4月19日

落ち目の欧州が起死回生を狙う「国境炭素調整」は成就するか?(2021年5月 JBpress掲載)

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※2021年5月~7月にかけてJBpressに連載した「地政学としての気候変動」の記事を一部変更して掲載しています。

今、気候変動対策で世界をリードしているのは、米国でも中国でもなく、欧州である。4月に開催されたバイデン大統領主催の気候変動サミットの前日、14時間の協議を経て、欧州委員会は「2050年のカーボンニュートラル化」の目標を法制化した。
米中を始めとする大国は、NDC(各国の温室効果ガス削減への貢献目標)を国連気候変動枠組条約(UNFCCC)事務局に提出するにとどまるが、法制化までしたのは欧州が初めてだ。また、「2030年までに1990年比55%削減」の目標を積み増し、「2030年までに57%削減」とすることにも合意した。欧州連合(EU)の盟主ドイツも5月5日に、2030年目標を1990年比55%から65%へ大幅に引き上げている。
片や、米国は気候変動対策に否定的だったトランプ政権を経て、ようやくパリ協定に復活したばかり。2030年目標はサミット直前に駆け込みで引き上げられたものだ。2兆ドル(約220兆円)規模のインフラ整備計画も公表するが、具体的な政策への落とし込みはこれから始まる。
もう一つの大国、中国はあくまでも「途上国である」とのスタンスを貫いている。昨年、2030年の温室効果ガス排出量ピークアウトと2060年のカーボンニュートラルを宣言したが、世界2位の経済大国であるにも関わらず、脱炭素化の目標期限は欧州、米国から10年遅れる。
このように、欧州と米中の気候変動対策への姿勢が根本的に異なるのは明らかだ。実際に、気候変動対策パッケージ「欧州グリーンディール」は、具体性と網羅性の観点で両国を圧倒する。
2019年から始まる「欧州グリーンディール」は、気候変動対策と経済成⻑の二兎を追う、現フォン・デア・ライエン政権の一丁目一番地の政策だ。7つの政策分野とグリーンディール推進のための仕組みで成り立つ(図1参照)。

2019年12月に「欧州グリーンディール行動計画」が発表され、環境を起点とした包括的な成⻑戦略がつくられた。全体目標を定める「欧州気候法」、グリーンビジネスの分類と投資対象の明確化を図る「EUタクソノミー」、「水素戦略」や「サーキュラーエコノミー行動計画」に代表される個別分野の具体的政策で構成される。グリーンな産業の台頭によって衰退する産業へのセーフティネット「公正な移行メカニズム」も用意する入念さだ。
このように脱炭素化を目指す本気度は理解できるが、そもそも欧州はなぜここまでグリーン成⻑に傾注するのか。その背景には米中の影が見え隠れする。

I. デジタルで出る幕のない欧州の活路

今や国の競争力を左右するアジェンダであるデジタルにおいて、米中の優位性は揺るがない。世界の時価総額ランキングでは、米中のテック企業が上位を独占する。また、デジタル分野が主流である世界のユニコーン企業ランキングでも、米中が7割を占める。
社会インフラとなったアメリカの「GAFA」はいわずもがな、右肩上がりの成⻑で追いつき追い越そうとしている中国の「BATH」(Baidu、Alibaba、Tencent、HUAWEI)も存在感を増す。ニュースアプリを運営する今日頭条(Toutiao:TikTokを運営するBytedance<バイトダンス>が親会社)、フードデリバリーサービスのMeituan(メイトゥアン)、中国版UberのDiDi(ディディ)という「TMD」も台頭しており、層が厚い。
自動運転や遠隔手術、工場生産の自動化などへの活用で生活とビジネスを一変させ得る5G技術でも、米中は激しく争う。
現時点では、国策として5Gを進める中国が優勢となっており、対抗策としてアメリカは中国向けの半導体供給停止に踏み切った。デジタル貿易のルール作りでも米中はしのぎを削る。アメリカは国境を超える自由なデータ流通を求めるが、中国はデジタル保護主義ともいわれる姿勢を崩さない。要は、国の成⻑に直結するデジタルの覇権争いでは米中が主役で、欧州が出る幕はない。その中で、デジタルでは米中に勝てない欧州が活路を見出したのが、グリーン成⻑である。
以前から、欧州は環境への規制と投資を積極的に推進してきた。化学品のREACH規制は、欧州企業から「厳しすぎる」という批判も受けながら導入までこぎつけた。先行投資をしてきた再エネ産業は、EUの発電量ベースで化石燃料を逆転するに至った。市⺠の気候変動への危機感の高まりと、それに伴う欧州議会での環境政党の躍進も、対策の先鋭化を後押しする。一日の⻑がある「環境」で覇権を握り、デジタルで後塵を拝する米中への巻き返しを図る。これこそが、欧州の気候変動対策の狙いだ。

II. 中国のコスト逃れを許さない国境炭素調整措置

脱炭素覇権を狙う欧州にとって、気候変動対策のコストを払うかどうか疑問の残る中国は見逃せない。競争力を増しながらも環境コストから逃げ得る中国に対抗すべく、欧州は国境炭素調整措置を検討する。2021年中旬には提案予定し、2023年施行を目指す。
気候変動対策に厳しい制約があるEU企業では、対策コストも莫大になる。気候変動対策が緩い中国企業とのコスト競争でEU企業が負けることは明白だ。その中で、EUが起死回生の策として持ち出しているのが国境炭素調整措置だ。具体的には、中国のような排出規制が不十分な国からEUへの輸入品は炭素税などで価格を上げる。脱炭素化コストが乗っているEUからの輸出品には、炭素コストを還付するという仕組みだ(図2参照)。これによってEU企業の競争力を維持するという計算だ。

中国との対立を深めるアメリカも国境炭素調整措置に前向きだ。
バイデン大統領は選挙公約の中で、「パリ協定の合意を満たせない国からの製品に『炭素調整料』を課す」と掲げており、今後検討が加速する見込みだ。国境炭素調整は国をまたぐため、実現には当然ながら味方が必要だ。トランプ前政権とは異なり、環境対応に積極的なバイデン政権が発足したことはEUにとって朗報といえる。
実際、EUはバイデン政権に連携の意思を表明している。大統領選挙直後の2020年12月の報告書で、EUは「欧米共同で国境炭素調整の世界のひな型を作る」と提言した。さらに、2021年1月、欧州委員会ティメルマンス上級副委員⻑は、就任直後のケリー米大統領特使との電話会談で国境炭素調整を巡り、意見も交わしている。

III. 国境炭素調整は欧州孤立に繋がる諸刃の剣

ただ、国境炭素調整措置は実現可能性に疑問が残る。最大の争点は、国際的な貿易ルールであるWTO(世界貿易機関)ルールとの整合性だ。事実、制度設計においては多くの論点がある。
措置の対象国を例に取ると、気候変動対策先進国を免除するか、気候変動に取り組めない後発開発途上国に配慮するかなど、正解がない。対象セクターや排出の境界をどこに引くかなど、他にも検討すべきポイントは多い。WTOルールが想定する通常の国境税調整の範疇に収める必要があるものの、前例がないため、手探りで制度設計しなければならない。
国際的に議論が紛糾することも火を見るより明らかだ。実際、中国やインドなどの温室効果ガスを大量に排出する途上国(図3参照)からは、既に反発の声が聞こえている。

中国は、「EU単独または日米EUにより国境炭素調整が実施されるならば、報復関税を実施する方が利得は大きい」とコメントしている。インドも、「EUが検討を進める国境炭素調整を含む炭素課税について、WTOとの整合性を精査する必要がある」と懸念を表明した。各国の思惑が入り乱れることは、国境炭素調整措置の具体化において避けられない。欧州が導入を強行すると、国際的に孤立する可能性もある。
実現可能性が疑問視され、リスクも伴う国境炭素措置の導入に欧州が躍起になるのも、グリーン成⻑の主導権を米中に奪われたくないという焦りの表れといえるだろう。デジタルで後れを取る欧州が世界の覇権を手にできるかは、欧州グリーンディールの成否にかかっている。
株式会社オウルズコンサルティンググループ
プリンシパル
大久保 明日奈
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