REPORT レポート・調査
2023年3月27日

持続可能な公共調達進展の道筋と企業への要請(2023年1月 月刊アイソス掲載)

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「社会課題解決のためのルール形成最新動向」と題し、本連載では環境や人権といった広範なサステナビリティ関連テーマにおける最新のルール形成の動向について論じる。第4回目の本稿では、「公共調達」におけるサステナビリティ要求の国際動向について解説する。

※2023年1月号の月刊アイソスに寄稿した内容を一部変更して掲載しています

巨大な購買力で「持続可能な公共調達」が誘引する企業の行動変容

GDPの2割を占めるとされる世界の公共調達支出は、その大きな購買力を通じて企業慣行の転換を促す手段ともなり得る。近年、各国は公共調達を通じた「持続可能な開発目標(SDGs)」の達成を目指し政策転換を進めており、日本企業も無関係ではいられない。

そもそも持続可能な調達(Sustainable Procurement)とは何か。Procura+(欧州自治体の持続可能な公共調達担当者ネットワーク)は、持続可能な調達を「組織が購入する商品とサービスがライフサイクルに基づいて金額に見合った価値を持ち、環境・社会・経済にも裨益するよう担保すること」と定義する(図表1参照)。
持続可能な調達活動は短期的ニーズだけでなく、購入がもたらす長期的影響も考慮する必要があるとされ、公共・民間部門が取り組む調達活動を指す(*1)。

公共部門が民間部門から物品やサービス等を購入する「公共調達」の世界調達支出は年間約9兆5,000億米ドルにのぼる(*2)。政府などがその購買力を用いて「持続可能な公共調達(Sustainable Public Procurement)(以下、SPP)」に取り組むことにより、市場のイノベーションが促進され、GHG排出削減、エネルギーや資源効率の改善、リサイクルの促進といった環境政策目標達成が導かれ、貧困・不平等の削減、労働基準の改善といった社会的便益も生み出される。また、経済的観点からは公正な取引、技能・技術移転等がもたらされる。このように、SPPは公共調達と持続可能な開発という政府が果たすべき大きな役割を併せ持つのである(図表2参照)。
近年、SPPは「持続可能な開発目標(SDGs)」の達成を支援する重要な手段とみなされている。SDGsにおける目標12「持続可能な消費と生産」はSDGsを特徴付ける目標のひとつとされ、ターゲット12.7は「国内の政策や優先事項に従って持続可能な公共調達の慣行を促進する」ことを求める。政府等公的機関は、SPPを通じてSDGs目標への貢献という社会的責任を果たすと同時に、その購買力をもって企業のより持続可能な生産、調達慣行への転換を加速させるのである。

国際社会で進展する社会・経済側面も包括した持続可能な公共調達のルール形成

SPP推進に関する国際的イニシアチブは2005年頃から展開されてきた。国連環境計画(UNEP)と国連経済社会局(UNDESA)が主導する「持続可能な消費と生産に関するマラケシュ・プロセス」タスクフォースの1つ「持続可能な公共調達に関するマラケシュ・タスクフォース(MTF on SPP)」がSPPの起源とされる。その後、2012年の「リオ+20(国連持続可能な開発会議)」にて「持続可能な消費と⽣産に関する10年計画枠組み(10YFP)」が策定、同プログラムに持続可能な公共調達のための国際イニシアチブが含まれ、現在はUNEPリードのもとで展開されている。
SPPは、環境・社会・経済の3側面で構成される。国によっては、環境基準に重点を置いた「グリーン公共調達」(GPP)が推進されている場合もあるが、一般的にはSPPの方がより明確に社会的・経済的配慮を含むとされ、現在、大半の政府が環境問題と社会・経済問題の両方をカバーする SPP 公約を掲げている(図表3参照)。
SPPの対象範囲とその実践においては、社会・経済側面におけるルール形成が進展している。中でも、「ビジネスと人権」に関する国際的な議論の進展が顕著である。2011年に採択された「国連のビジネスと人権に関する指導原則(UNGPs)」では、政府調達にて人権尊重を促進することが国家の義務とされている。加えて、人権を尊重する企業の責任が明記されたことで、サプライチェーンにおける人権デューディリジェンスの実施が昨今注目を集めている。2021年に発表された「UNGPs 10+:ビジネスと人権の次の10年に向けたロードマップ」では、政府調達ガイドラインに UNGPs の主要素を盛り込むことが次の10年間で課せられた。
諸外国は人権尊重を含む包括的なSPPをどのように実践しているのか。欧州では、EU公共調達指令(Directive 2014/24EU)が持続可能性に配慮した調達を求める内容に改定されたのを契機に、SPP導入がスタンダードとなり、ICLEI(持続可能性を目指す自治体協議会)が各自治体のSPPを加速させている。
中央政府が主導する欧州のSPP事例としては、イギリスが参考になる。同国では環境食料農村地域省(Department for Environment, Food and Rural Affairs:DEFRA)がSPPを担当し、セクターごとに政府購入基準(Government Buying Standards )を定めている。例えば、食品調達において魚は持続可能な漁業に対するMSC認証品であることが前提であり、紅茶とコーヒーの少なくとも50%がフェアトレードであることが義務付けられている。家具や備品調達については再利用や再生品が奨励され、交通手段おいては環境に配慮した車両の購入とリースが推奨される。
加えて、同省の “Ethical Procurement Policy Statement”は、社会的側面に重点をおいた倫理的な調達ポリシーを示しており、労働安全衛生や反差別、児童労働の撤廃を含む原則も提示している。

環境側面に偏重する日本。持続可能な公共調達転換への好機を逃した東京2020五輪

日本に目を向けると、2000年に政府は「国等による環境物品等の調達の推進等に関する法律(グリーン購⼊法)」を法制化した。日本は、世界に先駆けてグリーン公共調達(Green Public Procurement)を推進してきたのである。中央省庁のみでなく、独立行政法人や地方自治体にも導入されている点など国際社会からも一定評価を得ている。近年では、厚生労働省が「障害者優先調達推進法」(2013年施行)、内閣府男女共同参画局が「女性の活躍推進に向けた公共調達及び補助金の活用に関する取組指針」(2016年決定)に基づいた調達活動を展開している。
しかし、現状は行政の縦割り構造の中で、環境・社会・経済に関する個別テーマが局所的に展開され、「包括性」が実現していない点が日本の課題と言える。UNEPからも公共調達の社会的・倫理的要素をSPP政策として統合すべきと指摘されている(*3)。
2016 年 12 月、日本政府は「持続可能な開発目標(SDGs)実施指針」を発表し、SPPに関する施策としては「グリーン購入の促進」(環境省担当)を盛り込んだ。具体施策として、国及び独立行政法人による環境物品等の優先的調達の推進が掲げられているが、SDG目標12.7 に対して示された指標はその調達率のみであり、依然として環境側面に主眼が置かれるに留まっている。
そこで、行政的な縦割り構造を乗り越え、社会的要素を拡充した公共調達基準を策定し、日本のSPP進化の契機になると期待されたのが、東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会の調達コードである。2012 年に開催されたロンドン大会は史上最も持続可能性に配慮した大会を目指し、持続可能性計画と調達コードを作成、2016年のリオ大会にも引き継がれた。東京 2020 大会組織委員会も「持続可能性に配慮した調達コード」を策定した。しかし、大会終了後に環境NGO等から後世に引き継げる内容からは程遠いと批判される結果となった。特に個別基準が設けられた木材、紙、水産物、パーム油は、その調達影響が国外の自然環境や生物多様性にも及び、国際責任を問われるにも関わらず、基準担保の施策が不十分であった。
実際に市民社会からは、新国立競技場の建設過程で使用された木材の調達により原産地の東南アジアにおいて人権や生物多様性が損なわれたとの訴えが相次いだ。2017年には先住民族コミュニティから熱帯材の使用中止が求められ、世界中から14万件以上の賛同署名が集められた。2019年には国内外の環境NGO11団体が、大会施設建設による熱帯林破壊がSDGs目標「2020年までに森林破壊ゼロ」の達成を妨げると共同声明を発表した。木材・紙の調達原則は、合法性確認を超えた内容であったとされる一方、事業者に対するデューディリジェンス義務化や外部監査の要求がなく、基準運用を担保する仕組みがなかったのである(*4)。
大会組織委員会は、調達コードの不足は国内の持続可能性の取り組みが進んでいないためと報告しているが、WWFジャパンからは、「高い要求での調達基準を示してこそ、企業意識の向上や消費者啓発にもつながる」と指摘がなされ、その他産品についても、持続可能性を担保できる認証取得製品がどの程度調達されたのか具体数値の開示が不十分であった。

他国を追従する日本政府。民間企業にも広がる持続可能な調達への対応要請

依然として、日本政府に対してはグリーン購入以外に個別展開される調達関連政策をSPP概念に包括すること、そしてSDGs 指標12.7.1で要請される持続可能な公共調達政策及び行動計画を整備することが課題である。
社会的側面については、企業における人権尊重の取組を後押しするため、2022年9月経済産業省より「サプライチェーンにおける人権尊重のためのガイドライン」が発表され、人権デューディリジェンスに取り組む企業を政府調達で優遇する仕組みも検討されている。日本のSPPは国際社会、市民社会からの要請、先進取組み企業の事例構築を通じて、人権をはじめとする社会・経済側面を包括した形に進展していくと期待したい。

すでに、一部の自治体ではサプライチェーンにおける人権尊重を盛り込んだSPPが推進されている。全国6都市が認定されているフェアトレードタウンでは、自治体によるフェアトレードの支持と普及が認定基準に含まれる。例えば、名古屋市では、小学校の給食や市役所職員の作業服などにフェアトレード認証製品が公共調達されている。また、民間企業では、自社の調達ガイドラインの策定やサプライチェーンにおける人権デューディリジェンスの実施が広がっている。

国際動向や自治体や企業の先進事例を踏まえると、巨大な公共調達市場において民間企業が対応すべきことが見えてくる。今後の政府方針を注視しつつ、公共調達先の製品・サービス提供者として市場から取り残されることがないよう、自社がとるべき施策を検討し、実行に移すことが企業に求められている。
*1:Procure⁺(2016), “The Procura+ Manual A Guide to Implementing Sustainable Procurement 3rd Edition”
*2:World Bank, “Global Public Procurement Database”
*3:UNEP (2013), “Sustainable Public Procurement: A Global Review”
*4:サステナブル・ブランド ジャパン(2021年7月22日)、「東京オリパラは持続可能性の取り組みが不十分――WWFが調達結果の開示求める声明」
株式会社オウルズコンサルティンググループ
シニアコンサルタント
丹波 小桃
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