• TOP
  • レポート・調査一覧
  • 【第11回国連ビジネスと人権フォーラム 速報レポート】ライツホルダーと共に歩むべき「ビジネスと人権」の次の10年 (2022年11月 JBpress掲載)
REPORT レポート・調査
2023年3月23日

【第11回国連ビジネスと人権フォーラム 速報レポート】ライツホルダーと共に歩むべき「ビジネスと人権」の次の10年 (2022年11月 JBpress掲載)

PDF DOWNLOAD

ビジネスにおける人権尊重の取り組みを議論する「国連ビジネスと人権フォーラム」が、スイス・ジュネーブの国連事務局で1128日から3日間に渡って開催された。

本フォーラムは、2011年に国連人権理事会が全会一致で採択した「ビジネスと人権に関する指導原則(UNGPs)」の普及と、国家、企業、市民団体等がそれぞれの進捗状況を共有する場として2012年から開催されている。  

  

新型コロナウイルスのパンデミックやウクライナ戦争等により脆弱な立場にいる人々の人権が脅かされる中11回目となる本フォーラムは「Rights holders at the center(ライツホルダーを中心に)」が主題に掲げられた。本記事は、フォーラムに現地参加した筆者が速報をレポートするものである。  

20221130日付けのJBpressに掲載した内容を一部変更して掲載しています。

   

国連事務局の改修工事により規模を縮小しての開催となったが、世界各国の政府、企業、先住民コミュニティ、労働組合、弁護士、研究者等が集い、全体が集まるオープニングプレナリー等を含め25のセッションが開催された。

 

3年ぶりとなる現地での開催に足を運んだ参加者は1200人にのぼり、オンライン視聴者を含めると2500人となった(いずれも速報値)。うちビジネスセクターとソーシャルセクターからの参加者がそれぞれ30%、その他で残りを占める構成だ。 

「ライツホルダーの視点に立つ」ことを全ての起点に

ライツホルダーを中心に――今年掲げられたこのテーマの背景には、国や企業による「ビジネスと人権」への取り組みが、人権侵害に直面する人々の救済に十分に繋がっていないとの危機感がある。ライツホルダーとは人権の主体となる人のことであり、「ビジネスと人権」の文脈では、企業の活動を通じて人権を侵害されている、またはされる可能性がある人々を指す。

 

人権はすべての人が生まれながらに持っている権利だが、前述した国連の指導原則の中では、女性や子ども、障害者、外国人労働者、先住民といった社会的立場の弱い人たちには特に配慮が必要であると明記されている。  

  

昨年、採択から10年を迎えた指導原則は、企業の事業活動によって負の影響を受けてきた人々の人権を守るため、国家には人権侵害から保護する義務を、企業には人権尊重の責任を求め、司法やそれ以外での措置を含む「救済へのアクセス」の整備に取り組むことを呼び掛けている。

 

指導原則の策定以降、ビジネスにおける人権尊重を実現するための取り組みが世界各国で加速しているが、その際に「ライツホルダーの視点に立つこと」の重要性が、本フォーラムのほぼすべてのセッションで強調された形だ。  

  

フォーラムには南米やアジアから約50人の先住民の代表が参加し、企業活動の展開に伴う土地収奪や暮らしの破壊など、各地における人権侵害の現状が共有された。先住民の人権擁護者に焦点を当てたセッションには、コンゴ民主共和国、グアテマラ、コロンビア、タイ、マレーシアから先住民代表の参加があったほか、ほぼすべてのセッションに先住民の代表者が登壇し、苦しい現実を訴えた。  

  

国や企業の取り組みがどれだけ盛んになっても、人権侵害を受けている当事者の声をメカニズムの起点としなければ、真の救済には繋がらないとの強い問題意識が本フォーラムの全体を貫いていた。    

先住民との「FPIC(自由意思による事前合意)」の重要性

例えばコンゴ民主共和国(DRC)のピグミー族であり、「先住民のための国連自主基金(UN Voluntary Fund for Indigenous Peoples)」の理事会メンバーであるDiel Mochire Mwenge氏によると、ピグミー族を含む約 10 万人の複数民族が暮らす土地で、複数の鉱山企業と林業企業の開発により土地が奪われているという。

 

先住民の権利を主張したことで、刑務所に収容されてしまった人もいる。開発事業により環境は汚染され、病も蔓延したが、未だに企業から約束された保障はない。こうした状況は40年以上続いており、その間に数えきれない人々が排除されているそうだ。  

 

「先住民が暮らす土地で操業をする際には、コミュニティと企業との間に設けられた条件を尊重し、確実に実施することが求められる」とMwenge氏は言う。つまり、企業が先住民の土地に進出する際には、  

「自由意志による、事前の、十分な情報に基づく同意(FPIC: Free, Prior and Informed Consent)」を遵守し、すべての行動が指導原則に則っていることを確認する必要があるのだ。  

 

コンゴ民主共和国(DRC)では、先月に土地の権利などピグミー族の具体的な権利を認め保護する初の法律が公布された。これにより、政府や産業界が彼らの土地を開発する際の事前合意の権利を持つ民族として、法的に認められたことになる。今後はこうした動きが他国にも広がり、先住民の土地所有権の保障や生計の向上に永続的な効果をもたらすことが期待される。    

欧州で加速する人権関連法制の厳格化

今年9月に「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」を発表した日本からは、国際人権問題を担当する中谷元内閣総理大臣補佐官が登壇した。オープニングに次ぐセッションでガイドラインの策定や政府調達における人権尊重の仕組み作りの検討等、複数の取り組みが発表され、フォーラム参加者からは、補佐官自らが国際会議の場で今後の方針を明示したことに評価と期待の声が上がった。  

  

指導原則では、国家が人権保護のために負うべき義務として、企業による人権尊重の取り組みを義務付ける、または同様の効果のある法律を施行するよう求めている。この原則に沿うべく、イギリスやオーストラリア、ドイツ等では人権デューディリジェンス関連法の整備が進んでいるが、本フォーラムで特に注目を集めたのが、欧州委員会が今年2月に発表した「企業持続可能性デューディリジェンス指令案」だ。

 

草案作成者である欧州議会議員のLara Wolter氏は、オープニングセッションに登壇し、「企業が自主的な措置をとるだけでは十分でない。法律を制定し、拘束力のある措置に移行する時だ」と述べた。日本を含む各国が、指導原則に則った企業活動を実現させるための最適な規制の在り方を模索する中、欧州はいち早く法制化に踏み切った形だ。  

  

また、環境破壊と人権侵害は不可分であることから、本指令案には人権デューディリジェンスに関する事項だけでなく、CO2排出削減やサーキュラーエコノミーについてなど、持続可能性に関する幅広い事項が盛り込まれているとWolter氏は強調する。

 

2022年末の採択を目指しており、翌年末までの協定締結が実現されれば、2025年までには大企業に、2027年までには中小企業に法案遵守を求めることを予定している。  

  

同じくパネリストとして登壇したドイツ外務省のビジネスと人権課長は、本指令案は「非常に野心的」なものであると述べた。欧州市場の規模を鑑みれば、グローバルに事業を展開する企業の大多数が本指令の内容を考慮せざるをえないからだ。また本指令案では、来年1月から施行が予定されるドイツのデューディリジェンス法と同様に、企業に課せられる義務の範囲が広範にわたることが予想される。

 

具体的には、人権・環境リスク評価の実施、苦情処理メカニズムの確立、是正措置の実施と措置に関する情報公開の義務化だ。施行後には、基準を満たす企業が優遇され、日本を含めたそれ以外の企業は市場から排除されてしまう可能性もある。    

今後10年の「Not ticking the boxes」への挑戦

各国の法制化が進む中、先住民など人権が守られない脆弱な立場にいる人々からは、「Not ticking the boxes(チェックボックスを埋めるだけでは不十分)」という声が多く上げられた。これは、企業が人権デューディリジェンスの実践等、ビジネスを通じた人権尊重に取り組む際、定型化された要件を満たすだけでは人権侵害の予防と是正には繋がらないという警告だ。  

  

今回パネリストとして登壇した、マレーシアで再生可能エネルギー企業を運営しながら先住民コミュニティを統括するAdrian Lasimbang氏は、「企業における人権尊重を、個別事業内の取り組みに終始させず、企業活動の根幹に組み込んでいかなければならない」と呼び掛けた。  

  

指導原則の採択から10年の節目に発表された「UNGPS 10+ ビジネスと人権の次の10年のためのロードマップ」でも、企業が人権デューディリジェンスに取り組む際には「企業のガバナンス及び事業モデルの中核に組み込むこと」が求められている。  

  

筆者を含め、今回のフォーラム参加者の多くが再認識させられたのは、「指導原則の理念を実践に落とし込むことの難しさ」だろう。現在、ビジネスと人権に関するすべての議論の拠り所となっている指導原則は、国家や企業、市民社会など様々なステークホルダーとの協議を6年もの歳月をかけて積み重ね、取りまとめられたものだ。

 

その重要性は誰もが認めるものでありながら、本フォーラムで先住民からの訴えが多数提起された通り、理念を真に実践に落とし込むことは容易ではない。企業がその実践を目指すためには、定型的な要件をただ充足しようとするのではなく、人権が侵害される恐れのある人々への理解を深めながら対話を重ねることが不可欠となる。

 

それが、「ライツホルダーを中心に」というメッセージが指し示す所だ。  

  

他方、今年のフォーラムについては「ビジネスセクターにもっと焦点をあてるべきだった」という声も聞かれる。ビジネスと市民社会からの参加者比率は同等だったが、指摘の通りビジネスセクターの存在感は薄い印象があった。「ビジネスにおける人権尊重」がテーマである以上、本来であればビジネスセクターがよりプレゼンスを高め、こうした議論によりコミットすべきだとの意見もある。

 

国家、企業、市民社会がそれぞれの責務を果たしていくために、来年以降、ビジネスセクターが国家とライツホルダーと共にいかに主軸を成していけるかが問われるだろう。  

 

株式会社オウルズコンサルティンググループ  

ソーシャルPRスペシャリスト  

若林 理紗

 

/contact/