(取材:繊研新聞社 小川敬記者)
■日本はまだ2合目――
山登りに例えると日本のFB企業のエシカルやサステイナビリティーの取り組みは何合目か。 欧米では5合目付近に到達していますが、日本はまだ黎明(れいめい)期にあり2合目、あるいは3合目付近だと思います。欧米の方がファッションだけでなく様々な業界でサステイナビリティーへの取り組みが盛んです。
サステイナビリティーには環境と人権の二つの側面があります。欧米では気候変動や水の消費など環境問題に盛んに取り組んでおり、それがCSR(企業の社会的責任)だけでなく、企業に求められる一つのルールになっているからです。
もう一つ欧米で機運が高まっているのが人権への対応です。
ファストファッションは短納期で大量の衣服を生産する必要があることから、コストを下げるためにバングラデシュや途上国で生産する割合が増えてきました。そうしたなか、2013年4月24日にバングラデシュの首都ダッカ近郊の商業ビル「ラナ・プラザ」で崩壊事故が起き、工場で働く多くの人が犠牲になりました。
90年代には有名スポーツ用品メーカーが生産を委託していた途上国の工場で児童就労や低賃金、長時間労働などの問題が発覚し、ファッション業界が人権問題にも大きく関わっていることが、とりわけ欧州のファッション企業で強く意識されるようになっています。
例えばケリングや、企業規模は小さいですがオランダ・アムステルダムのマットジーンズなどはサステイナブルな取り組みに積極的です。とりわけ欧州ではサステイナブルな対応・取り組みを明確にしないと企業の成長に大きく影響します。そういう背景もあって欧州のファッション業界はすでに5合目に達しています。
日本はまだそこまでは至っていません。地元に張り付いた小規模な繊維関係企業の間で、地域の雇用を守っていこうという取り組みが始まっていますが、大手企業では「ようやく始めた」という段階で、欧州に比べるとまだまだ2合目付近だと感じます。
■何が本物なのか ――
なぜ遅れているのか。消費者の認知の問題もあります。消費者が積極的にサステイナブルを求めていない面があります。企業の立場から すると「今そこにコストをかけてどうするの」という議論になりがちです。ただエシカル協会として感じていることは「何が本当のエシカルやサステイナブルな商品なのか」ということが実際のところは分からない、というのが実態ではないでしょうか。
分からないから「うわべだけのSDGs(持続可 能な開発目標)やESG(環境・社会・ガバナンス)の取り組み」という議論も出ています。 コストをかけて、きちんと環境や人権問題に対応するのであれば、それをどういう思いをもって取り組んでいるのか、通常の商品に比べてCO2(二酸化炭素)の削減量が何%なのか、といった情報や姿勢を消費者に丁寧に伝えないと、消費者にはなかなか理解されにくいという問題もあります。
もう一つはエシカルやSDGsの言葉は知っているが、まだ興味がない消費者が圧倒的に多いのも事実です。なぜ 企業が真剣にサステイナビリティーに対応しているのか、この商品がどれだけ環境負荷軽減に役立っているのかなどの情報をきちんと伝えることによって、消費者はその商品を選ぶという傾向が強い。
サステイナブルな商品を求めるという消費者をきちんと教育するのも企業の大事な役割だと思っています。エシカル協会や政府も消費者を教育するということは大事な取り組みの一つですが、ビジネスの側面ではもっと消費者とコミュニケーションを深めていくことが必要で、もはや避けては通れないことです。
■修理が新しい価値に ――
ファッション業界では着なくなったら服を捨てるということが当たり前になっていた。
エシカル(倫理的)なアパレル産業を実現するときに、廃棄をどれだけ少なくするかも重要な取り組みの一つで す。服の量が減ればそれだけ環境負荷も減っていくと考えるなら、一つの服を長く着るという考え方も大事です。
例えば「10点の服を買って10万円とすれば、10万円の服を一着買って長く着る」という考えもあります。長く着るためには修理をしながら同じものを10年着用するという考えが大事になってきます。
例えば米国のパタゴニアは「WORN WEAR=新品よりずっといい」というキャンペーンで「修理をすること はかっこいいことだ」というメッセージを発信しています。それを受信したパタゴニアユーザーは、より好きになって、では買うのをやめようということになります。パタゴニアにとってはとても勇気のいるメッセージだったと思いますが、この情報発信こそが消費者教育に力を入れている表れです。
修理して着ることが新たな価値となり、修理という産業も育つなど新たな価値創造にもつながります。国内のアパレル業界も「修理」という概念をもっと強く打ち出してもいいのではないでしょうか。
エシカル協会ではこうした「修理」を含む「7R」を推奨してサステイナビリティー(持続可能性)社会の形成を啓蒙(けいもう)していま す。
■暮らしを見つめ直す ――
協会が推奨する「7R」とは。
協会は「3R」に代わって「7R」を推奨しています。7Rの中でも特に大事なことは「リサイクルする前の段階できちんと努力をする」ことです。リサイクルは「目的を果たしてしまったものを新しく生まれ変わらせる」ということですが、目的を果たしたものが廃棄されることも数多くあり、その「手前をいかにするか」ということが大事になっています。「7R」の一つは
「Rethink」自分の暮らしを見つめ直す・考え直すこと。どのようなゴミを日々出しているか、何にお金を使っているか、買っている商品はどのようにして作られているかなど、自分の生活を振り返らな いと改善点は見つかりません。
「Refuse」は断ること。レストランでプラスチックストローを断る、過剰な包装を断るなど。その際、断る理由も添えると他者の気付きにつながる可能性があります。
「Reduce」は減らすこと。エシカルな商品だからといって、大量生産・大量消費を行っていては元も子もない。リサイクルにもCO2(二酸化炭素)は発生するので、全体の使用量を減らすことが大事です。
「Repair」は修理しながら長く使うこと。欧州ではリサイクルよりもrepairability(修理できること)にシフトしています。
「Reuse」はもう一度使うこと。
「Repurpose」はアップサイクルすることで、目的を変え、付加価値を与えて再び使えるようにすることです。
そして「Recycle」はリサイクルすることで、日本では「リサイクル」偏重の傾向もありますが、リサイクルの手前でもたくさんのことができるし、やらなければならないことが多い。
■サステイナビリティーへの取り組みがブランド力になっていく。――
アパレルにはいろんなラインがあって、あるラインはものすごくサステイナビリティーを実現しているが、他のラインは昔ながらの製法で環境負荷がかかっている。製造過程でどのような人が作っているのかという問題もあります。一つのラインで実現していることでも素晴らしいことですが、企業全体としてエシカルやサステイナブルな取り組みを行っていくことの方が、その企業の価値は高まっていくと考えます。
全ラインで一気にサステイナブルを実現 するということはなかなか困難でしょうが、中長期的にそれに向けて努力しているところは、消費者からも取引先からも、投資家からも評価され、選ばれる企業になっていくと確信しています。
■評価の仕組みの整備を ――
エシカル(倫理的な)の取り組みでファッションビジネスへの提言は。ファッションだけに限りませんが、企業だけが変わるのではなく消費者も変わらないといけない。消費者がエシカルやサステイナブル(持続可能な)を意識して変わっていくことが、企業も変わることにつながる。企業が変わったからまた消費者も変わる。この両輪で動かないと本当のエシカル社会は達成できないと考えます。
消費者が意識を高め、もっと声を上げることは大事ですが、むしろこの課題が企業の存続・成長にはとても大事だと思っているところは率先して先導してほしい。そうした企業が作るファッションを消費者が「カッコいい」と思って買ってくれることによって、他社も追随するという連鎖効果が生まれます。そうすることによってサステイナブルな社会が早く実現できることにつながります。
大企業がエシカルの考え方を持って変化することがとても大事だと思っています。中小企業でサステイナブルに一生懸命取り組んでいるケースがありますが、そうした企業の商品を認識することはそんなに多くはないのです。中小企業が持つサステイナブルな技術や物作りと大企業とが連携して消費者に広く伝えていくことも、これからの大事なテーマです。
■企業だけでの実現は困難では ――
サステイナブルな社会実現には、国や行政の力も大事です。エシカルやサステイナブルで頑張っている企業を評価する仕組みを国を挙げて整備することも大事なことです。
消費者は企業に対してサステイナブルの声を届け、企業は サステイナブルの取り組みについてきちんと情報を開示し、情報を伝えることで消費者を教育していく。こうした両 輪の関係を常に循環させることでサステイナビリティー社会を実現する。そしてサステイナビリティー実現に向けて頑張っている企業が損しないためにも公正な競争条件を確保することが大事です。
環境や人権の情報を頑張って開示しているところはありますが、情報開示は結構なコストになります。しかも正直に開示すると、SNSなど様々な形で情報が行き交う現代では、中には「できていない」というようなアンチな批判にさらされる可能性もあり、それによってその企業の評価が落ちてしまうような危険性もあります。とはいえ国や行政が「皆さん開示をしなさい」ということになれば、頑張っているところは横並びで比較できるし、皆で頑張っていくという方向になっていきます。
ビジネスが本当にサステイナブルになるためには、国や行政がきちんと仕組みを整えることが求められています。そうしないとサステイナブルの取り組みが小さな規模で終わってしまいかねません。
■ 伝統文化を守る ――
地場産業や職人を守り、未来につなげることも大事なこと。エシカルでは「伝統文化」も大事な価値観だと思います。昔から根差しているものをきちんと未来につないでいく こととか、今生きている人たちがそれに対してきちんと感謝して、伝統的なものがあるのだったらそれを選ぶことで、作り手の職人を守り、職人技の継承で未来につなげていくというロジックが成り立ちます。伝統文化もエシカルの考え方ととても親和性があると思っています。
■協会として――
協会としては、消費者教育の一環としてエシカルコンシェルジュ育成のための講座を設けています。課題はエシカルについては理解できるが、実際にエシカルな商品が分からない、エシカルな商品の目利きはできるが、市場で買えるものが本当に少ないと言われることが増えています。企業活動や国に対してもエシカルの大事さを伝えることに注力しています。
株式会社オウルズコンサルティンググループ
プリンシパル
大久保 明日奈