REPORT レポート・調査
2021年8月26日

米欧貿易摩擦と貿易協議の行方(2020年1月執筆記事)

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※一般財団法人 国際貿易投資研究所(ITI)の2019年度「トランプ大統領の保護主義下における日本の米国事業戦略」報告書に寄稿した内容を一部変更して掲載しています
米国による鉄鋼・アルミ製品への関税措置を発端に米国とEU はお互いの輸入品に対して高関税を発動し合っている。解決を探るため、米国とEU は貿易協議を開始した。協議の最中にも米国が新たな関税措置を発動する等、先行きは不透明だが、EU が米国から大豆やLNG を大量に購入する等の変化も見られる。
米欧で連携したルール形成や、中国をはじめとする第三国の不公正な貿易慣行の是正に向けた取組みも実施している。日本企業はこれらの動きを他人事と捉えず、クロスボーダーでの連携も含めて最大限に活用することが2020 年の新たな戦略のひとつとなり得る。
(本論文は2020 年1 月末時点の情報を基に作成しています)

I.トランプ大統領は中国の次のターゲットをEUに

米国のトランプ大統領は自らを「タリフマン」と称し、諸外国からの輸入品に次々と高関税をかけている。輸入品に高関税をかけ、貿易赤字を解消することが米国の雇用を増やすと信じているためだ。
周知のとおり中国が最大のターゲットだが、唯一のターゲットではない。EU(欧州連合)との間の貿易赤字もトランプ大統領は問題視してきた。EU のことを「中国より悪い」と発言することさえある。現在(2020 年1 月23 日時点)、中国との貿易協議が「第一段階」の合意に達し、新NAFTA 協定(USMCA(米国・メキシコ・カナダ協定)の発効も目途が立った。日米貿易協定も発効した。通商面で次にトランプ大統領のターゲットになるのはEU だ。本稿では、現在進行中の米国とEU の間の貿易摩擦と貿易協議について解説する。
トランプ大統領は、EUに対して「ドイツのBMW、ダイムラー、VW は米国内での生産に貢献していない」(2017 年1 月 ドイツ紙Bild インタビュー)「EU が米国を不当に扱っているため、我々が彼ら(EU)とビジネスをすることはほぼ不可能になっている。それなのに自動車や他のあらゆる製品を米国に輸出している」(2018 年3 月 スウェーデンのロベーン首相との記者会見)「貿易赤字は巨額だ。是正しないなら、自動車やほかの製品にも課税する。これなら公平だ!」(2018 年3 月 Twitter)といった発言をしている。
米国とEU各国との貿易関係では、ドイツが単独でも米国の貿易収支の赤字国として第3位にランクインしている。EU 加盟国による貿易赤字額を合計すると約1,794 億ドルで、トップの中国に次ぐ規模となる(図1)。
国別の貿易では、ドイツからは自動車、航空機、医療・医薬品関連の輸入が多い。特に自動車関連が多く、1,500cc-3,000cc の乗用車の2018 年の輸入額は約139 億ドルに及ぶ。トランプ大統領がドイツの自動車メーカーを名指しで問題視する所以だ。EU のうち貿易赤字がドイツに次いで多いのはアイルランド。

だが、同国からの輸入は血液や人工の人体等の医療関連品が多く、貿易赤字を強く問題視する性質のものではないと推測される。続くイタリアとフランスからは、自動車、航空機といった工業品、アルコールやファッション関連の消費財の輸入が多く、これらはトランプ大統領が問題視する輸入超過だ(図2-5)。

II.TTIPの高い理想は実現できなかった

オバマ政権時代に遡ると、米国とEU はTTIP(環大西洋貿易投資パートナーシップ )という通商協定の締結に向けた交渉を行っていた。2013 年7 月から2016 年12月末までに全15 回の交渉会合を開催した。TTIPが実現すると人口約 8.1 億人、GDP 約 32.6 兆円(注:人口、GDP ともに交渉開始に合意をした 2011 年時点1) と巨大な経済圏となる。
米国、EU 各々に「TTIP によってEU経済は1,000億ユーロの成長が見込まれ、200 万人の新規雇用を生み出す」(英国 キャメロン首相 2013 年 6 月)「年間 4,580億ドルの EU への物品とサービスの輸出がTTIP によって更に増加する」(米国ホワイトハウス Fact Sheet 2013 年 6 月) といった期待をしていた。また、「我々は、21世紀の基準を主導するプレイヤーとなる」 (バローゾ欧州委員長 2013年 6 月) 、「世界の貿易システムの模範となるルールを作り、マルチラテラルな貿易システムを強化する」(オバマ大統領 2013 年 6 月) といった発言から もわかるとおり、米国とEUが協力して世界のルール形成をリードすることを意図していた。
しかしながら交渉は難航、2016 年末に妥結を断念し、米国の新大統領の誕生まで事実上交渉を中断することとなった。その後、トランプ大統領の就任後も交渉は行われず、2019年 4月の欧州理事会決定で、EU側は「TTIP の交渉指令はもはや用いるものではなく適切ではない」との立場を表明した。
TTIP交渉の概要について簡単に紹介する。TTIP は4 部で構成され、
Part 1:市場アクセス
Part 2 :規制協力
Part 3 :ルール
Part 4:制度的事項から成る
米国と EU の関税は平均 4%と低いため、TTIPでは非関税障壁の撤廃や新ルールの導入が主要な論点だった。
Part 1 の「市場アクセス」では、物品貿易、サービス貿易、政府調達、原産地規則について交渉した。 97%の物品は「ある程度の時期」までに関税を撤廃することで合意していた。残り 3 %の農産品や繊維、自動車等は「センシティブ品目」に該当し、関税撤廃の対象外となっていた。サービス分野については双方がテキスト案を提示していたが、開放の内容については意見に隔たりがあった。
意見の相違が比較的少な い項目として、建築、エンジニアリング、会計の専門資格のMRA(相互承認)について意見交換を行っていた。政府調達の開放はTTIP における EU の優先項目のひとつであり、米国に対し、州レベルの調達の開放や手続き上の参入障壁の撤廃を要求した。だが、政府調達は米国にとって非常にセンシティブな分野で、妥結点は見出せていなかった。
Part 2 の「規制協力」は TTIP の目玉のひとつだ。横断的項目として、TBT(貿易の技術的障壁)、SPS(衛生植物検疫措置)について議論し、分野別で化学品、化粧品、エンジニアリング、医療機器、農薬、ICT、医薬品、繊維、自動車について議論していた。総論としては、米国より EU の方が規制が厳しく、米国が EU に対して「過度な規制をあらためるよう」求めている構図が多い。
これに対してEU 内では、市民や NGO 等の間で「TTIPによって、米国から EU 基準を遵守しない危険な物品、特に食品 が輸入される」といった懸念が広がり、TTIP 交渉のボトルネックだと報道されることも度々あった。実際にはある程度は交渉が進んでいた分野もあり、自動車のシートベルトや照明、化学物質の評価について双方の基準の同等性を確認し、貿易障壁を低減するための方法について議論していた。
Part 3 の「ルール」では、持続可能な開発、エネルギーと原材料、貿易円滑化、中小企業、投資、競争、知的財産と GI (地理的表示)、紛争処理について交渉を行った。なかでも投資は特に意見の隔たりが大きく、投資に関する交渉は中断していた。投資に関し、EU はISDS (国家と投資家の間の紛争解決)の導入に強 く反対し、恒常的な 2 審制の ICS 投資裁判所制度の設立を提案した。これに対して米国は、裁判所ではなく投資家差別を専門に審判する裁定機関に提訴できるようにすべきと主張し、議論は平行線だった。
以上のように、TTIPは世界のルールを主導する先進的な枠組みの構築を目指してスタートしたものの、お互いに譲歩が少なく、「先進的」とは言いがたいものとなっていた。食品の安全基準や投資等についても意見に隔たりが大きく、仮にトランプ大統領が就任していなかったとしても合意は困難だったと考えられる。

1 [「米 EU 環大西洋貿易投資連携(TTIP)交渉の行方(その 1)」-動き出した最大規模の FTA 協議- ] 2014. 3.15 国際貿易投資研究所

III.米欧間の貿易摩擦は米国の鉄・ アルミ製品への関税措置が発端

現在、米国とEU はお互いの輸入品の一部に対して高関税をかけている。このような事態になったのは、米国による鉄鋼・アルミ製品への関税賦課が発端だ。米国は 2018 年3 月、通商拡大法 232 条に基づき、米国に輸入される鉄鋼製品に25% 、アルミ製品に10% の追加関税を発動した。
発動当初、EU は関税の適用から暫定的に除外されていた。だが、恒久的な適用除外ではなかったことから関税発動と同時に遺憾の意を表明し、「自国の国内産業保護だけを優先する、根拠のない露骨な介入について極めて残念。ハーレー ・ダビッドソン、バーボン・ウィスキー、ジーンズなどに輸入関税をかける」(2018 年3月 ユンケル欧州委員長)といった発言をしている。発言のとおり、米国が EU から輸入する鉄鋼・アルミ製品に関税を課した場合は、28 億ユーロ規模の米国からの輸入品に対して即座に報復措置を実施するとして、対象品のリストを公表した。
EUはこうした牽制と併行し、米国の関税発動の直後から交渉を続けた。 4月にはフランスのマクロン大統領がトランプ大統領と会談し、貿易問題に言及した。続いてドイツのメルケル首相もトランプ大統領と会談した。メルケル首相は、EU を関税の対象から恒久的に除外するよう求め、問題の解決のために EU と米国の二国間の通商交渉を行うことを示唆した。だが、トランプ大統領は理解を示さず、自動車を中心とした米欧間の貿易不均衡の是正と NATO(北大西洋条約機構)への拠出金の増額を求めた。
会談前後に報道された米独両首脳の表情は硬い。同月には、米国のロス商務長官と EU のマルムストローム欧州委員(通商担当 )も電話で協議を行った。ロス長官は、 EU から米国への鉄鋼・アルミ輸出を 2016年~2017 年の 90% の水準にとどめるよう要求した。つまり、 WTO (世界貿易機関)で違反とされている数量制限を求めたが、 EU はこれを断固拒否した。
いずれの協議も合意に至らず、米国は2018 年 6 月、EU から輸入される鉄鋼・アルミ製品に対しても関税を発動。 EUも、米国からの輸入品に対して25%の関税を課することとなった2。 スイートコーン、コメ、オレンジジュース、ピーナツバター、バーボン ・ ウィスキー等の食料品、タバコ、マニキュア、アイシャドー等の消費財、T シャツ、デニムのズボン、男性用の靴等の繊維製品、フラットロール、鉄鋼パイプ・チ ューブ、建材等の鉄鋼製品、 500 cc 超のバイク、ヨット等が対象だ。
なお、米欧間の交渉の難しさは、米国とEU の間だけの問題ではない。 EU 内部の調整にも困難が伴う。貿易立国であるドイツは巨額の貿易黒字を維持しており、米国への輸出を縮小することには後ろ向きだ。むしろ、 FTA(自由貿易協定) のような通商協定を締結することによって EU 側の関税を削減し、ドイツ、米国ともに Win-Win となるかたちを望んでいる。
これに対してフランスは、ドイツの貿易黒字を快く思っていない。さらに国内の農家を保護したい意向があるため、 EU 側の関税削減による問題解決には強く反対し、米国に対して譲歩することなく断固たる態度で臨むことを要望している。 EU 内部での利害調整の結果、数量制限は受け入れられないことを主張し、通商協定の交渉開始を示唆したが、米国との協議は合意に至らなかった。
さらにこの交渉の最中の2018 年 5 月 23 日、米国商務省は通商拡大法 232 条に基づき自動車・自動車部品に関する調査を開始した。安全保障上の脅威が認められれば、米国に輸入される自動車・自動車部品に 20%~25%の追加関税を課すという。米国の自動車の輸入のうち、ドイツは日本、メキシコ、カナダに次ぐ第 4 位だ。ドイツを始めとする EU 諸国がこの調査に大きな懸念を持ったことは説明する間でもないだろう。
なお、自動車・自動車部品に対する関税賦課は一時保留されたかのように見えたが、 2020 年 1 月、トランプ大統領は EUに対して課税する可能性があることを再び示唆している。
2 遊戯用のカード(トランプを含む)のみ 10%

IV.農産品の扱いについて隔たりを残しつつも、通商関係の強化に合意

米欧が互いに高関税をかけ合った状況で、2018 年7月25 日、ユンケル欧州委員長がホワイトハウスを訪問、トランプ大統領と会談し、通商関係の強化に合意したとの共同声明を発表した。THE WALL STREET JOURNAL の報道によると、突然とも言えるこの合意は、ユンケル委員長の作戦だったとされている。
EU 側には、何としても自動車・自動車部品に対する高関税発動を回避したい意向があった。同紙によると、ユンケル委員長はトランプ大統領に対して「簡単な」説明用のカードを用意し、貿易や規格などの具体的な問題に言及した。その上で「もし、あなたが愚かなことをしたいなら、私も愚かな まねをすることになる」と、くぎを刺したという。
米国側としても、 EU や中国による報復措置が米国経済にマイナス影響を与えている側面があることに加え、自動車に対する関税は米国内からも反対の声が多く、次なる打ち手にやや手詰まりの感があったため、 EU の提案を受け入れられる状況にあった。
米国とEU は、下記の4項目に合意した。
(1) 通商関係の強化
・自動車以外の工業品に関する関税・非関税障壁及び補助金の撤廃に向けて協力する
・サービス、化学品、医薬品、医療機器及び大豆等についても貿易障壁を削減し、貿易の拡大を進める
2) エネルギー分野での戦略的協力
・EU側はエネルギー調達源の多様化のために、米国からのLNG(液化天然ガス)輸入の拡大を目指す
(3) 国際基準の形成に向けた対話の緊密化
・貿易を円滑化し、行政の非効率性を改め、コストを抑えるため、国際基準の形成に向けた緊密な政策対話の機会を創出する
(4) 不公正貿易慣行の排除
・世界の不公正な貿易慣行から欧米企業を保護するための協力を進める
・WTO改革を進めるために協力する。特に知的財産権侵害や強制的な技術移転、工業製品分野の補助金、国営企業がもたらす市場歪曲、供給過剰の問題への対応で連携する
これらに加えて、鉄鋼・アルミ製品への追加関税の問題と、これに対するEU の対抗措置の問題についても解消に向けて取り組むとした。また、交渉中は自動車にかかる関税の発動を控えること、速やかに上級レベルのワーキンググループを立ち上げることに合意した。
しかしながら、この合意の直後、米国とEU の間で交渉範囲の認識に隔たりがあることが明らかになった。トランプ大統領は、合意の翌日に行ったアイオワ州での演説で、「我々は米国の農家のために欧州市場を開放した」と発言した。これに対し、 EU 側は、「農産品は交渉の対象外だ」と主張した。共同声明には大豆以外の農産品は明記されていない。
ただし、「farmers(農家)」に対して市場を開放すると記されており、この文言だけを読むとトランプ大統領の発言も全く根拠が無いとも言えない。だが、 EU 側は、「farmers」という文言は、共同声明でひとつ前段に記載のある「soybeans(大豆)」にしかかかっていないと言い張る。合意の曖昧さを物語っている。その後も米国は農産品を交渉の対象に含めることを要求し続けた。
2019 年 1 月11 日、 USTR(米国通商代表部)が EU との「交渉目的」を公表した。「交渉目的」によると、米国が想定する交渉範囲は多岐に亘っている。物品貿易に加え、TBT、SPS 、貿易円滑化、規制慣行、サービス貿易、デジタル貿易、投資、知的財産、国有企業、補助金、競争、労働、環境、貿易救済措置、政府調達、中小企業、為替等が含まれている。通常の FTA のパッケージだ。物品貿易には農産品も含まれており、 EU 側の関税・非関税障壁の削減等を求めている。
続く1 月 18 日、欧州委員会も米国との貿易協議に関する交渉権限の付託を得るための交渉指令案を公表した。欧州委員会は、「農産品を除く工業品の関税撤廃」と「非関税障壁撤廃に向けた適合性評価」の2 つの協定を締結することを提案した。
2019年4月、 EU 理事会は、EU として米国との貿易協議を開始する権限を欧州委員会に付託する交渉指令案を承認した。
指令の主な内容は次の通りだ。
関税分野では、
・過去の米国との交渉においてEUが優先する分野の合意が困難だった経緯を踏まえ、今回の協議は、農産品を除く工業品の関税撤廃に限定する
・エネルギー集約品や水産品等のセンシティブな品目は関税撤廃までのスケジュールに配慮する
・さらにセンシティブな品目については関税撤廃の対象から除外することも検討する
適合性評価分野では、
・第三者機関による適合性評価が求められる品目を重点的に取り扱う
・特に機械と電気電子製品について、適合性評価手続きの障壁を取り除く
交渉全般に関しては、
・米国が通商拡大法232条や通商法301条等に基づく措置を発動する場合、EU側は合意に基づく関税譲許を停止することができる
・今後、米国がEU原産品にさらなる貿易制限措置を発動しようとした場合、交渉を打ち切ることもあり得る
・今回の交渉を妥結する際、米国がEU産の鉄鋼・アルミ製品に追加関税を発動していてはならない
・TTIPの交渉マンデートはもはや用いるものではなく適切ではない
等が規定されている。
米国の交渉目的は多岐に亘るが、EU側の交渉指令の対象範囲は限定されており、両者の範囲が一致したところで当面の交渉を行っている。

V.今般の米欧の貿易協議は実務面に集中し、一定程度は前進がある

2019年 7月25 日、ユンケル欧州委員長とトランプ大統領による通商関係強化の合意から 1 年後のタイミングで、 EU が貿易協議の進捗報告書「Progress Report」を公表 した。日本で報道されることは殆どないが、双方は可能な範囲で交渉を進めてきたことがわかる。報告書の内容を紹介する。
【適合性評価】
EU が協議の柱の1 つとした適合性評価では、法令で第三者機関による適合性評価が求められ場合、米国、 EU 域内の適合性評価機関が相手国の法令に基づく試験、検査、認証等を実施できるようにすること(MRA)に合意した。現状で MRAが有効に機能しているのは 2 分野 (①EMC 電磁両立性 、②通信)のみだが、全ての産業への拡大を目指す。
【標準化の協力】
国際標準化における米欧間の協力が可能な新規分野として、ロボティクス、3D プリンタ、サイバーセキュリティ、消費者製品の
IoT、オイル・ガス関連の機械、自動運転、コネクテッドカー等を例示した。また、米欧の連携によって中国をはじめとする新興国が標準化をリードすることに対抗すると明記した。
【規制協力】
医薬品について、2019 年 7 月15 日までに既存の医薬品のGMP(Good Manufacturing Practice) のMRAに基づき、米国側の認定が遅れていた最後のEU 加盟国を認定することとした。
これによって米欧双方の管理コストを低減し、中国やインド等、注意が必要なプレイヤーの対応に時間を費やすことができるとしている。また、2020 年~ 2021 年にかけて MRA の対象範囲を拡大するとした。
医療機器では、EU はMedical Device Single Audit Programに基づく医療機器の監査レポートの活用を促進する。米国と EU は UDI 機器固有識別子のデータベースの連携に向けて協力を行うとした。
【サイバーセキュリティ】
EU は米国内で審議・策定されている基準を EU の基準として取り入れることを積極的に検討する。また、消費者製品のIoT のセイバーセキュリティの基準について今後協力を行うとした。
【大豆に関する協力】
米国の多大な関心事であり、 EU は 2021年7 月1 日までの期限付きで、米国産の大豆が EU でバイオ燃料として活用される場合の基準に適合していることを確認した。米国産の大豆がさらに、2021年~2030年まで適用される EU の再生可能エネルギー指令の基準に基づいていれば、2021 年以降も延長適用の可能性がある。
なお、2018 年7月~2019 年 6月の間、EU による米国産の大豆の輸入は900 万トン、約29億ユーロであり、一昨年と比較して輸入量は96% 、輸入額は88% 、それぞれ 大幅に増加した。 EU における米国産大豆の輸入シェアは33% から60% に増加した。
【LNG に関する協力】
大豆と並ぶ米国の関心事のLNG について、EU による米国産LNGの輸入は1 年間で367% も急増した。報告書を読むと米国産LNG 輸入拡大 のためのEU の努力がうかがえる。例えば、欧州委員会と米国の商務省及びエネルギー省が協力してビジネスベースのLNG 供給契約の締結を促進した。
2019 年 5 月に欧州委員会主催でハイレベルの LNG ビジネスフォーラムを開催。米欧双方から210 の政府関係機関、240 のビジネス関係者が出席した。また、欧州委員会は東欧地域がLNG を輸入するためのフィージビリティの評価のため、ポーランド、リトアニア、キエフ、ウクライナ等でワークショップを開催した。これに加え、 EU 各国は LNG 受け入れのためのインフラ整備を実施した。
2019 年1月、クロアチアは同地域で初の LNG ターミナルの建設を決定。ハンガリー、中欧、南欧への供給が可能になる。ポーランドでは既存ターミナルの拡張のために 3.5億ユーロの投資に合意。ドイツ北部地域もターミナルの新設を検討している。併せて、EU は米国が LNG を輸出できるよう自動的なライセンスの付与も検討している。EU の並々ならぬ努力が見てとれる。
【不公正な貿易措置に対する協力】
米国と EU は、第三国による不公正な貿易政策と国家による過度な介入、市場原理に基づかない政策、補助金、技術移転の強要等による市場歪曲の懸念を確認した。同時に、①産業補助金及び保護貿易、②技術移転の強要に関連する投資政策、③米国・ EU 域内への投資のスクリーニングと輸出の管理で協力を強化することに合意した。
【産業補助金と保護貿易】
中国をはじめする第三国の産業補助金の情報とその評価にかかる情報の交換を継続することも確認した。 WTO について、貿易歪曲的な保護措置にかかるDS 紛争解決処理案件での協力、補助金委員会における逆通報等、補助金通報メカニズムの強化でも協力していることを確認した。
EUは、民間航空機について米国との間で報復措置の応酬を避けるための新ルールの導入を提案した。新ルールは将来的に中国やロシア等にも効果的としている。中国が鉄鋼と半導体にかかる補助金を廃止し、過剰生産をやめるよう圧力を加える。半導体では GAMS(Government Authorities Meeting on Semiconductors)において、補助金及び暗号化について透明性の向上を目指すことを確認した。
【技術移転の強要】
中国で新たに成立した外商投資法の施行が骨抜きになることを防ぐため、米国と EU が協力して施行のモニタリングを行う。中国での出資の際に合弁が要求され、外国企業の技術移転が強要されることに特に懸念を有することを確認した。
【対内直接投資のスクリーニングと輸出管理】
2019 年 3 月、 EU は外国からの直接投資をスクリーニングするメカニズムを新たに導入した。重要インフラ、重要技術、センシティブデータの取扱いを特に懸念している。立法過程では米国が積極的に協力し、今後、日本も含めて協力する。エマージング技術の輸出管理についても日米欧で協力を行うとしている。
【日米欧の三極協力】
2019 年 5 月の日米欧の大臣会合において、第三国の貿易歪曲的で非市場的な措置等に関する対応の協力の継続に合意した。日米欧で連携し、産業補助金と国有企業の規律強化のためにテキストベースの提案を行った。技術移転の強要についても既存ルールの改定に向けた協力を行っている。さらに、米国と EU は WTO の監視機能の強化についても協力することを確認した。
【総合的な評価】
EU の評価としては、 2018 年 7 月から1 年間の取り組みの結果、特にエネルギー、大豆、医薬品・医療機器については大きな進展があったとする。規制の協力について、EUは更に追加的 な分野で米国と協力をする用意がある。
また、第三国による非競争的な措置やWTO 改革、標準化の協力、投資の監視、輸出管理等についても引き続き米国とともに取り組んでいく。同時に、米国が鉄鋼・アルミ製品への関税賦課を取りやめることを期待する。そうすれば、 EU の報復措置を見直すこともできる。他の品目、特に自動車・同部品等への追加関税賦課を実施しないことを期待するとしている。
TTIPと今般の貿易協議を比較するといくつかの相違点と共通点がある(図6)。まず相違点として、(1)TTIP は理想の高い「包括的な通商協定」と捉えられ るものであったが、今次協議は「工業品の関税」と「適合性評価」の実務面が中心だ。
(2)TTIP は特に EU が高い理想を掲げていたが、今次貿易協議は、米国の保護主義に対する EU 側の防御の要素も強い。米国産の大豆や LNG の購入等、EU による米国側への配慮が随所から読み取れる。
(3) 「規制協力」は TTIP と今次貿易協議の共通項目であるものの、内容は後退している。TTIP は米欧間の制度そのものの調和を目指したが、今次協議では制度の違いを前提とした上で、適合性評価手続きにかかるコストの削減、リードタイムの短縮(MRA)が 中心だ。共通点としては、
(4)新規分野の国際標準化における協力がある。特に米欧双方の標準が未策定の分野では、今後も協力を前向きに検討する余地がある。また、前向きな相違点として、
(5)今次貿易協議では、国際的なルール形成を視野に入れた項目が多く含まれている。第三国の貿易不均衡措置への対応など、国際的なルール形成を主導すべき先進国としての米欧の役割が盛り込まれている点は評価できる。日本政府としても協力ができる分野だ。
ただし、EU の交渉指令に記載がある通り、今後、米国がEU 原産品にさらなる貿易制限措置を発動しようとした場合、交渉を打ち切ることもあり得る点には留意が必要だ。これに加え、 2020 年 1 月にはトランプ大統領がさらに範囲の広い交渉を要求していることから、尚のこと先行きは不透明だ。

VI.貿易協議が進む傍ら、ボーイング・エアバス紛争の火種もあり、貿易摩擦が直ちに収束するわけではない

2019年 10 月、米国は EU からの輸入品に対して新たに高関税を発動した。米国と EUは WTO の紛争解決処理制度において、米国がボーイング社に対して供与する補助金、 EU各国がエアバス社に対して供与する補助金がそれぞれ WTO 違反であるとして紛争を行っていた。
この紛争の歴史は長く発端は1991 年に遡るが、本稿では詳細は割愛する。最近の動向としては、 2019 年 3 月に、 WTO が違反と判断したエアバス社に対する補助金の一部を EUが廃止していないとの判断結果が公開された。これを基に米国は EU からの輸入品約 75 億ドル分に対して関税を発動した。米国の関税発動は WTO の判断結果に基づく正当な措置ではあるが、米国が鉄鋼・アルミ製品への関税を発動し、それに対して EU が制裁措置を実施している最中での最適な判断であったかは不明だ。
米国の制裁措置は、 EU 全加盟国に対して課されるものと、各加盟国に対して課されるものとがある。全加盟国に課されるものとしては、ヨーグルト、フレッシュカードチーズ、オレンジ、保存処理をしたさくらんぼ、保存した豚肉調整品等があり、 25%の関税がかけられている(図7) 。

個別の国が対象となる措置は、大きいのがドイツ、英国、スペイン、フランスから輸入される 30,000 kg 以上の航空機に対する 10%の関税だ。これは、当該4 カ国が供与していた補助金の規模が特に大きかったためだ。航空機の他、4 カ国から輸入されるオリーブ、オリーブ調整品及び 2 リットル以下のワイン等についても 25%の関税がかけられている。
この他、ドイツ、英国、スペインから輸入されるフレッシュチーズ、バージンオイル、リキュール及びコーディアルについても 25 %の関税が賦課されている。さらに、ドイツについては食品以外も対象になっており、非金属性のプライヤ、ニューマチックツール等の工具に 25%の関税がかけられている。英国は、スコッチウイスキー、羊毛のセーターや女性用のコート等の衣類にも25%の関税がかかっている(図8)。 EU 加盟国の中でもド イツと英国がターゲットになっている印象だ 3。

3 米国官報においては国名を特定して措置 の内容 を掲載 しており、英国のEU 離脱が直ちに英国への措置内容に影響を及ぼすものはないと推測される

欧州委員会は米国が措置を発動した直後にステイトメントを公表し、EU の農家と消費者を守るとした上で対抗措置をとる姿勢を示している。他方、 WTO では米欧ともにその補助金が違反とされていることから、報復措置の応酬ではなく話し合いによる解決が望ましい旨も併せて述べている。

2019年12 月、米国は、WTOによる新たな報告書が公表されたこと を受け、EU に対する追加の課税措置の原案を発表した。 既存の追加関税対象品目の税率の引き上げ、新たな品目への最大100% の追加関税賦課の可能性を示唆 している。EU へ圧力をかけ、補助金を撤廃させるのが狙いだが、実際に追加措置を発動すると米欧間の報復合戦は長引く結果となろう。

VII.フランスのデジタル課税は一時休戦も予断を許さない

2019年7月、フランスでデジタル課税法案が可決された。フランス国内の年間売上高が2,500万ユーロ以上かつ世界売上高が 7 億 5,000 万ユーロ以上の IT 企業を対象に、2019 年1 月からのフランス国内での売上高に対し 3 %を課税する。巨額の利益を計上する米国の IT巨人GAFA(Google、Amazon、Facebook、Apple)への対応策にほかならない。このフランスの措置が不適切であるとして、米国は2019 年 7月から 1974 年通商法 301条に基づく調査を開始した。
2019 年 12 月にはフランスのデジタル課税が不公正な貿易慣行に該当するとの報告書を公表した。対抗措置として、 USTR はフランスからの輸入額約24 億ドル相当の品目に最大 100 %の追加関税を課す方針を公表した。制裁措置の候補は、スパークリングワイン、カバン、ヨーグルト、化粧品等だ。米国の小売店はワインやカバン等への課税に強く反対した。
その後の2020 年 1 月、米仏の首脳会談が行われ、少なくとも 2020 年末までは「休戦」し協議を継続することとなったが、先行きについて予断を許さない。イタリア、スペインやチェコ等もデジタル課税を検討しており、導入するとこれらの国からの輸入品に対して追加関税がかかる可能性も依然としてある。

VIII.クロスボーダーの連携で米欧のルール形成の動きを活用せよ

米欧間の貿易摩擦は今後どのように収束していくか。「予測不能」の度合いが特に高いトランプ大統領と比較すると EU の方が冷静であると捉えられる。米国産 LNG や大豆の大量購入等を通じて米国の措置のエスカレートを食い止めたいという EU 側の配慮も見られる。
しかしながら、 EU の立場として、ルールを軽視し、国際的な秩序を乱すような行為を黙って見過ごすことはできない。実際に、米国と EU は第二次世界大戦以降、国際ルールに基づくかたちでお互いに WTO 提訴や報復措置を行ってきた歴史がある。米国側が種々の関税措置を撤回しない限り、 EU 側も米国に対する措置を撤回するのは困難であろう。また、仮に貿易摩擦の解決の道を探るとしても、TTIP 交渉の経緯を踏まえると米国と EU が対象範囲の広い「通商協定」に合意をするのは相当にハードルが高い。
かかる状況下で通商面の歩み寄りを探る場合、自ずと米欧の連携による「新たなルール形成の主導」や「第三国の不公正な貿易慣行への対応」が挙がると考えられる。この動き自体が直ちに日本政府や日本企業に悪影響を及ぼすものではない。ただし、日本が蚊帳の外に置かれた状態で欧米主導のルール作りが進んでしまうと、中長期的には日本企業にとってビジネス上の不利益となる可能性がある。
これは現在に始まったことではないが、米欧間で関税合戦が続いているからといって両国間の関係が断絶しているわけではなく、むしろ水面下で妥結点を探っていると考えるべきだろう。
これまでと異なる分野で欧米が連携してルール形成を行う可能性もある。特に「新産業」と呼ばれる分野では米欧連携の動きが見られる。例えば「Additive Manufacturing(付加製造)」では、米国とドイツの標準化機関が覚書を締結し、標準化や技術の普及で連携するとしている。
一部の日本企業は 国際舞台でのルール形成に成功しているが、全体として十分とは言えない。日本政府と協業して対応することがもちろん主流ではあるが、米国やEUに拠点を持つ企業であれば、本社を日本国内に置いていたとしても「米国企業」や「 EU 企業」として、米欧でのルール形成に参加することも可能だ。また、たとえルール形成に参加することが難しかったとしても、「ルールの活用」はできる。例えば、米欧間で新たに構築されたMRA を活用し、これまで米欧間での取引がある場合はコスト削減や製品の市場投入までのリードタイム短縮の実現ができる。米欧間の取引 がない場合も、拠点戦略における選択肢が広がる。
ルールを「知っているか」「知らないか」で他社との差別化ができるのだ。このためには、これまで担当地域内で閉じていた米欧のリーガル部門が大陸をまたいで連携する必要もあろう。米国のルールを EU 拠点でも理解する等だ。こういったクロスボーダーの連携は 2020 年以降のトレンドとなり得る。欧米間の取組みを他人事と捉えず、うまく活用する道を探るのもひとつの視点だろう。
※本報告書は競輪の補助金により作成しています。

【参考文献】

・[「米EU環大西洋貿易投資連携(TTIP)交渉の行方(その1)」-動き出した最大規模のFTA協議-]2014.3.15国際貿易投資研究所
・「EU米国間の包括的貿易投資協定(TTIP)」に関わる交渉進捗状況と欧米産業界の見方」2016.3JETRO「EU米国の包括的貿易投資協定(TTIP)」に関わる交渉進捗状況と交渉を取り巻く課題」2016.12JETRO
・「EU米国首脳会談、摩擦から協調の道探る共同声明」2018.7.26JETROビジネス短信
・「米EU貿易協議の内幕、効いたユンケル氏の殺し文句; 『あなたが愚かなことをしたいなら、私も愚かなまねをすることになる』」2019.7.25THEWALLSTREETJOURNAL
・「米USTR、フランスのデジタル課税法施行に対する報復関税案を発表」2019.12.3JETROビジネス短信
株式会社オウルズコンサルティンググループ
プリンシパル/チーフ通商アナリスト
福山 章子
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