
1. トランプ関税を支える3つの通商法
1-1. 世界を揺るがす通商措置とその根拠
2025年1月に発足した第2期トランプ政権のもと、鉄鋼・アルミ製品への追加関税の発動や自動車・部品への新たな関税の導入が行われました。さらに、中国に対する追加関税の拡大の検討や、知的財産権の保護が不十分とされる国々への圧力強化など、米国の通商政策は保護主義的な色合いを強め、世界に多大な影響を与えています。
これらの措置の根拠となっているのが、通商拡大法232条、通商法301条、そしてスペシャル301条といった米国の主要な通商法令です。たとえば、鉄鋼・アルミ製品への追加関税は通商拡大法232条に基づいて、対中関税は通商法301条に基づいて発動されました。また、知的財産権の保護が不十分な国への措置を目的とするスペシャル301条もあります。 こうした関税措置によって対象国の企業は、生産拠点の変更やサプライチェーンの再構築といった対応を強いられます。このため、これらの措置が依拠する法令を理解することは、リスクを事前に予測し、事業戦略を構築するためにも不可欠です。本コラムでは、これら代表的な3つの通商法令の特徴を整理します。
2. 国家安全保障を理由とした輸入制限:通商拡大法232条とは?
2-1. 通商拡大法232条の概要と制定背景
1962年通商拡大法232条(Section 232 of the Trade Expansion Act of 1962)は、米国の国家安全保障上の脅威となる輸入品について、商務長官の調査に基づき、大統領に輸入を制限する権限を与える法令です。
冷戦下、米国では石油をはじめとする戦略物資の輸入依存が国家安全保障上のリスクになるとの懸念があり、これに対処するため1962年に本条が制定されました。
2-2. 通商拡大法232条の適用事例
この法令は冷戦下の国家安全保障の確保を目的としていたため、冷戦が終結し、自由貿易体制が構築されるなかで活用が自粛されてきました。しかし、米国にとって重要な産業の保護も「国家安全保障」と捉える第1期トランプ政権下で、2018年に鉄鋼・鉄鋼製品(25%)及びアルミ・アルミ製品(10%)への追加関税が適用されるなど、同条が活用されるようになりました。これらの措置は豪州などの一部を除き、日本を含むすべての国を対象としたため、世界中のサプライチェーンに深刻な影響を与えました。
これらの措置はバイデン政権にも引き継がれましたが、交渉の末、日本に対しては一定数量まで無税で輸入ができる割当枠が導入されました。しかし、第2期トランプ政権の発足から間もなく、日本などに認められていた特例措置は撤回され、対象品目も拡大されました。
自動車・同部品については、第1期トランプ政権時の2018年に調査が実施されましたが、その際は最終的な制裁には至りませんでした。その後の第2期トランプ政権で2025年4月に自動車・同部品への25%の関税が発動されました。
3. 「貿易交渉の武器」としての通商法:通商法301条とは?
3-1. 通商法301条の概要と制定背景
1974年通商法301条(Section 301 of the Trade Act of 1974)は、外国の不公正な貿易慣行に対して、米国が独自に報復措置を講じる権限を定めた法律です。米通商代表部(USTR)が調査を行い、大統領が関税等の制裁を決定します。
通商法301条が制定された1974年当時、米国では貿易赤字の拡大や石油危機による経済の混乱を背景に、企業や労働者の間で国内産業保護を求める声が高まっていました。これを受け、他国による不公正な貿易政策に対抗する手段として、大統領に制裁措置の権限を与える本条が成立しました。
3-2. 通商法301条の適用事例
本条は、制定当初から積極的に活用され、1980年代末までに100件以上の調査が実施されました。しかし、1995年に世界貿易機関(WTO)が発足した後は、「通商紛争はWTOの『紛争解決制度』を通じて処理する」という国際ルールに従うため、米国による本条の利用は減少傾向にありました。ところが、第1期トランプ政権下の2018年に、本条に基づき中国製品に対する7.5~25%の追加関税が発動されました。中国による強制的な技術移転や不公正な貿易慣行などが発動の理由とされました。この関税措置はバイデン政権下でも継続され、2024年には一部製品への関税引き上げが実施されています。
2025年4月には、中国の造船・海運・物流分野への不公正な国家支援に対する制裁措置が発表されました。2025年10月から中国企業が運航・所有する船舶や中国で建造された船舶が米国港湾へ入港する際に追加料金を課すことなどがその主な内容です。
また、本条は中国以外にも適用が検討されています。2019年にはフランスがデジタルサービス税の導入を行ったことや、10か国・地域(豪州、ブラジル、チェコ、EU、インド、インドネシア、イタリア、スペイン、トルコ、英国)におけるデジタルサービス税の検討、ベトナムの為替操作や違法木材の輸入・使用に対し、本条に基づく制裁関税が検討されました。
4. 知財を梃子にした通商圧力:スペシャル301条とは?
4-1. スペシャル301条の概要と制定背景
スペシャル301条(Section 182 of the Trade Act of 1974)は、外国における知的財産権保護の実態を評価し、改善を求めるための法令で、1988年包括通商競争力法により、通商法301条を補完するかたちで導入されました。USTRは毎年「スペシャル301条報告書(Special 301 Report)」を公表し、知財保護が不十分な国をその順に「優先国(Priority Foreign Country)」「優先監視国(Priority Watch List)」「監視国(Watch List)」に指定しています。
本条導入の背景には、1980年代後半に深刻化した米国の巨額の貿易赤字と、それに対する国内の不満の高まりがありました。特に日本に対しては、自動車、電機、半導体といった産業分野での競争力が急上昇して輸出が拡大し、米国から貿易赤字縮小の圧力が高まっていた時期でもありました。こうした状況下で、知的財産の適切な保護により米国の国際競争力を維持・強化するため、1988年に本条が制定されました。
4-2. スペシャル301条の適用事例
2025年4月に公表された2025年版スペシャル301条報告書では、制裁対象となりうる「優先国」に指定された国はありませんでしたが、「優先監視国」に中国やインドなど8カ国、「監視国」にブラジルやカナダ、タイ、ベトナムなど18カ国が指定されています。
「優先国」に指定された代表的な例としては、1989年にインド、ブラジル、日本が指定された例があります。特に日本については、スーパーコンピュータ、人工衛星、林産物などの分野が「交渉を優先すべき問題」とされ、米国から強い外交圧力が加えられました。結果として、日本はこれらの分野において市場開放や制度改正を迫られることになりました。
本条は即時の制裁を義務付けるものではありませんが、外交的圧力としての効果が高く、対象国にとっては事業環境に不確実性をもたらすリスク要因となります。
5. 3つの法令から見る、企業に求められる対応
5-1. 3つの法令の特徴
本コラムでは、米国の通商措置に用いられる代表的な法令について、法令の概要、制定の背景、適用事例を概観してきました。以下の図は、それぞれの法令の特徴を比較したものです。

5-2. 企業への影響と求められる対応
これらの法令に基づく追加関税の賦課などの制裁措置は、日本から米国へ輸出を行う企業はもちろんのこと、米国内に製造拠点を持つ企業にも影響を及ぼします。特に米国拠点で原材料や部品を第三国から調達している場合、調達コストが上昇し、競争力を損なうリスクがあります。第2期トランプ政権(トランプ2.0)では、国内産業の保護や雇用の確保等のため、これらの通商法が積極的に活用されているため、そのリスクは一層高まっています。
対策として、制裁発動前には、自社製品への適用除外の要望や意見提出(パブリックコメント)を通じた政策担当者等への働きかけが重要です。発動後には、適用除外の申請に加え、生産拠点の見直し、サプライチェーンの再編、契約条件の再交渉といった多角的な対応が求められます。
地政学リスクが拡大する昨今、根拠となる法制度を理解することは、企業が将来的なリスクを予見し、迅速に対応するための前提条件です。制度や政策の変化を察知し、企業経営に反映させる能力は不確実性の時代における持続的な競争力の鍵となります。
株式会社オウルズコンサルティンググループ
コンサルタント
渡邊 まあり
(本コラムは、2025年5月時点の情報に基づいています。)
経済安全保障の取り組みについては、以下のコラムをご参照ください。
「経済安全保障」とは①|日本の取り組みと企業に求められる対応
「経済安全保障」とは②|主要国(米国・EU・中国)の取り組み日本や主要国の経済安全保障の取り組みがもたらす日本企業への影響やリスクについては、コラム「『地政学リスク』とは|事業環境の変化に備える」もあわせてご覧ください。
オウルズコンサルティンググループは、所属コンサルタントの多くが戦略コンサルティングファーム出身であり、経営戦略・グローバル事業戦略のプロジェクトを多数リードした経験と、通商・地政学・経済安全保障領域の専門性を併せ持つチーム体制を構築しています。
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