• TOP
  • コラム一覧
  • 「経済安全保障」とは②|主要国(米国・EU・中国)の取り組み
COLUMN コラム
2025年5月30日

「経済安全保障」とは②|主要国(米国・EU・中国)の取り組み

昨今注目を集める経済安全保障について、主要国(米国・EU・中国)の取り組みをわかりやすく解説します。

日本の取り組みと企業に求められる対応については、こちらをご覧ください。
「経済安全保障」とは①|日本の取り組みと企業に求められる対応

弊社の「経済安全保障」関連サービスにご関心をお持ちの方は、「地政学リスク・経済安全保障対応支援」のページもあわせてご覧ください。

現在、世界の多くの国が経済安全保障の取り組みを進めていますが、特に日本や日本企業に大きな影響を与えるのは、米国、欧州連合(EU)、中国の取り組みです。

1. 米国の経済安全保障の取り組み

2017年に発足した第1期トランプ政権以降の米国の経済安全保障の取り組みは、中国への重要技術の流出を阻止し、米国内産業基盤を強化し、中国への経済的依存度を引き下げることを主な目的としてきました。これを実現するため、「保護」(重要技術・情報の流出防止等のための輸出管理・投資審査等)、「振興」(重要物資の政府主導による国内産業競争力強化・サプライチェーン強靱化)、「連携」(安全で信頼できるサプライチェーンの構築)の取り組み(詳しくは、「『経済安全保障』とは①|日本の取り組みと企業に求められる対応」参照)を、①中国への技術や情報の流出を防止するための輸出管理・投資審査などの規制強化、②連邦政府主導の国内投資による産業競争力強化とサプライチェーンの強靱化、③同盟国・同志国との連携(フレンド・ショアリング)によって進めてきました。

①輸出管理・投資審査などの規制強化では、一つの契機となったのが、第1期トランプ政権下で成立した2019年国防授権法(NDAA2019) です。同法には、輸出管理改革法(ECRA)や外国投資リスク審査現代化法(FIRRMA)などが盛り込まれ、国家安全保障の観点から規制対象の拡大や規制の厳格化が図られました。

例えば、輸出管理改革法では、中国を主な対象として、先端半導体やその製造装置などに関して輸出管理を強化したり、通信機器大手ファーウェイ(華為技術)をはじめとする中国企業等を「エンティティ・リスト」に掲載して取引を制限したりしました。

これに加えて、バイデン政権では世界における人権保護を国家安全保障上の重要課題に位置付け、人権侵害状況の是正のために貿易制限措置を活用しました。米国製品・技術が他国での人権侵害を助長することを防ぐため、監視や遺伝子解析の技術などの輸出管理を強化するとともに、1930年関税法第307条に基づく違反商品保留命令(WRO)やウイグル強制労働防止法(UFLPA)により、製造過程で強制労働があったとみられる製品の税関での輸入差し止めを積極的に行いました。(図表)

②連邦政府主導の国内投資による産業競争力強化とサプライチェーンの強靱化では、バイデン政権下で補助金・税控除などを活用し、インフラ投資・雇用法(IIJA)によるインフラ整備(5年間で新規支出5500億ドル)、インフレ抑制法(IRA)による気候変動・エネルギー安全保障対策(10年間で3690億ドル)、CHIPS及び科学法(CHIPS法)に基づく半導体製造・研究開発支援(5年間で527億ドル)が進められました。

これらの施策には、政府支援を受ける要件として、製造過程から中国企業・製品を排除したり、中国にある製造拠点の増強などのための投資を制限したりするものも含まれていました。さらに、米国企業や製品を優遇し、同盟国である日本やEUの製品をも競争上不利な立場に置く要件が設けられているものもありました。

③同盟国・同志国との連携(フレンド・ショアリング)では、日米豪印によるクアッド(Quad)や、日米など14カ国が参加する「繁栄のためのインド太平洋経済枠組み(IPEF)」、アフリカ諸国や中央アジア諸国などを含むグローバルサウス諸国との連携の強化が進められました。フレンド・ショアリングによって、中国を筆頭とする地政学的競争相手である特定国への経済的依存を減らし、同志国間で調達先や市場を多元化・分散化することでリスクを軽減し、同志国間の分業による効率化・コスト削減が図られました。

これらの取り組みは、2025年1月の第2期トランプ政権(トランプ2.0)の発足によって変化がみられます。「タリフ(関税)マン」を自称するトランプ大統領は、バイデン政権が進めた補助金・税控除による国内産業支援よりも、輸入品への高関税賦課による国内産業保護と国内投資促進を進めています。高関税を課せば、これを回避するために企業は米国内に投資し、工場を建て、雇用を生み出すとの考えに基づくものです。

この高関税の最大の標的は、米国が多額の貿易赤字を抱える中国ですが、その矛先は日本を含む同盟国・同志国にも向けられています。これら諸国の中には米国への報復関税を課す意向を示している国もあり、米国を含むフレンド・ショアリングは停滞せざるを得なくなっています。

2. EUの経済安全保障の取り組み

EUは、2023年6月に『経済安全保障戦略』を公表し、経済安全保障の確保を「保護」「振興」「連携」によって進めることを明記しました。EUは、他国への依存を減らしてリスクを軽減(デリスキング)し、EUが戦略的に自律して意思決定を下せる環境を構築することを目指しています。

①輸出管理では、対象となる軍民両用(デュアルユース)品目リストを改訂し、管理強化を進めています。また、サイバー監視技術など、人権保護を含む安全保障上のリスクとなる新興両用技術を管理対象に追加しました。EUの行政執行機関である欧州委員会は、現在は加盟各国でばらつきのある輸出管理を、EUレベルで統一された管理ができるよう強化することを提案しています。

EUには、加盟各国が安全保障や公の秩序の観点から対内投資を審査する「外国直接投資審査規則」や、外国政府から補助金を受けた企業によるEU域内での企業結合や公共調達参加などが市場歪曲的かどうかを欧州委員会が審査する「外国補助金規則」に加え、「反威圧措置規則」があります。同規則は、中国などの域外国が貿易投資制限措置を発動する、あるいは発動するとの威迫によってEU及び加盟国に対して経済的威圧行為に出た場合、交渉による解決の最終手段として関税賦課などの対抗措置を発動できることを規定しています。(図表)

②産業政策は、気候変動対策と一体として進められ、供給源(調達先)と輸出市場(販売先)の多様化によってグローバルなサプライチェーンの強靱化を図り、EUの競争力と供給の安全性を強化することを目指しています。先端半導体、量子コンピューティング、バイオテクノロジー、ネットゼロ産業、クリーンエネルギー、重要原材料などが対象とされ、それらを実現する具体策として、欧州半導体法(官民で430億ユーロの投資)、重要原材料法(戦略的原材料の域内供給増)、ネットゼロ産業法(バッテリー・蓄電技術等につき2030年までに域内需要の40%を域内生産)などが制定されました。

③域外諸国との連携もEUは重視しています。供給源と輸出市場の多様化によってサプライチェーンのデリスキングを進めていくことを狙い、G7諸国をはじめとする同志国に加え、途上国を含む、共通の利益を有し、協力の意思のある可能な限り幅広い諸国と連携を強化することが重要だと強調しています。

EUが経済安全保障戦略を進めていく上での最大の問題は、加盟諸国の足並みが必ずしもそろっていないことです。戦略を主導するのは欧州委員会ですが、これを実行するのは加盟各国です。法制度上も、例えば、対内投資に関しては投資を受け入れる加盟国に審査権限があります。中国との経済関係のあり方など、加盟国間に異なる意見が存在するため、今後EUがどのように経済安全保障戦略を進めていくのか、注目されます。

3. 中国の経済安全保障の取り組み

中国では、習近平政権が重視する「総体的国家安全観」に基づき、経済安全保障の取り組みが進められています。これは、軍事や国土といった伝統的な安全保障の領域だけでなく、経済や金融、科学技術、サイバー、バイオ、人工知能、データといった領域も含みます。また、対外的な安全保障だけでなく、国内における政治的安定や社会秩序の維持も含むきわめて広範(総体的)な概念となっています。経済安全保障に関連する法規制もこれに基づいて整備されてきました。

①輸出管理については、米国と似た法規制が近年整備されました。輸出管理法による軍民両用品目の輸出管理、「輸出禁止・輸出制限技術リスト」による重要技術の輸出制限、「信頼できないエンティティ・リスト」掲載企業との取引制限などです。

中国は最近、米国などによる対中規制に対抗する形で、ガリウムやゲルマニウム、グラファイト(黒鉛)など、半導体やバッテリー製造等に用いられる重要な鉱物資源の輸出管理を強化しています。これらは、世界の多くの国が中国に依存している物資であり、中国の政策が日米を含む世界各国に大きな影響をもたらします。

中国で事業を行う日本企業を含む外資企業が注目するのがいわゆる「データ3法」です。サイバーセキュリティ法、データセキュリティ法(データ安全法)、個人情報保護法と、その下位法令であるデータ域外移転安全評価弁法や2025年1月から施行となったネットワークデータ安全管理条例などが、ネットワーク空間における国家安全の確保だけでなく、重要データや個人情報の越境移転の制限を規定しています。自社が中国拠点で保有するデータが「重要データ」(改竄、破壊、漏洩、不正取得、不正利用された場合に国家安全、公共利益または個人、組織の合法的権益が脅かされるデータ)に該当し、これを中国国外に移転させる場合には、中国当局の審査を受け、許可を得なければなりません。

また、中国では、米国をはじめとする西側諸国の規制や制裁に対抗するため、外国法令不当域外適用阻止規則や反外国制裁法などが制定されています。これらは、外国が中国の企業などに差別的な制限措置を発動した場合、これに従うことを禁じ、従った企業に罰則を科し、それによって被害を受けた中国企業がその企業に訴訟によって損害賠償を請求することなどを認めています。例えば、日本企業が、日本や米国の規制に従って中国企業との取引を中止して損害を与えた場合などがこれに該当します。日本企業が、日米の規制と中国の規制の板挟みとなる事態が想定されます。(図表)

②産業政策では、中国の場合、西側諸国とは企業支援のあり方や規模が大きく異なります。2015年に策定された「中国製造2025」や近年の「新質生産力」に代表されるように、重点的に支援する戦略産業を定め、多額の資金が投入されてきました。「科学技術の自立自強」を図り、西側諸国に依存してきた技術面で自律性を強化し、西側諸国による圧力への耐性を高めることに努めています。米戦略国際問題研究所(CSIS)によれば、2019年の中国の産業政策支出は2480億ドルに達し、米国の約3倍、日本の約9.5倍の規模になっています。その支援対象も、半導体やEVなど広範な分野に及んでいます。こうした国内産業への巨額の支援は、国内企業による過剰生産を引き起こし、国内市場で競合する外資企業を窮地に追い込み、低価格による輸出で他国市場を侵食しているとして、先進諸国だけでなく、新興国からも批判されています。

③グローバルサウス諸国との連携強化も積極的に進めています。「一帯一路」プロジェクトやアジアインフラ投資銀行(AIIB)を通じて、アジア・アフリカ諸国のインフラ整備を支援し、関係を深めているのに加え、BRICSや上海協力機構(SCO)などの多国間枠組みの拡大・強化を図っています。ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカの5カ国で形成されていたBRICSは、2025年1月までにイラン、アラブ首長国連邦(UAE)、エチオピア、エジプト、インドネシアが加入し、10カ国に拡大しています。そのGDPは約29兆ドルで世界の約27%、人口は約39億人で約48%を占めています(2023年)。こうした連携強化により、中国は国際社会での影響力を増大するとともに、食料や重要鉱物、エネルギー資源を確保し、中国製品の輸出市場を拡大しています。

4. 各国の経済安全保障の取り組みで進む分断への対応

日米欧中以外でも、オーストラリアや英国、カナダ、韓国などの先進民主主義国は、程度の差はあれ、同様の経済安全保障の取り組みを積極的に進めています。その結果、これら民主主義陣営と中国をはじめとする権威主義陣営の間でモノやヒト、カネ、データ、技術などの流れの分断が進んでいます。関税措置を多用し、「米国第一」を推し進めるトランプ米政権が、この流れに拍車をかけることに加え、米国と同盟国・同志国との分断も引き起こすのではないかと懸念されています。

日本企業には、日々変化する各国の取り組みを注視し、これに対応しなければなりません。他方で、各国の日々の政策変化に一喜一憂することなく、中長期的な視点で大きな変化の方向性を見極めることも重要です。過去30年続いたポスト冷戦期が終焉し、新たな時代に入った今、日本企業にも新たな対応が求められています。

(本コラムは、2025年5月時点の情報に基づいています。)

日本や主要国の経済安全保障の取り組みがもたらす日本企業への影響やリスクについては、コラム「『地政学リスク』とは|事業環境の変化に備える」もあわせてご覧ください。

また、本コラムの内容についてさらに詳しくお知りになりたい方は、弊社書籍『ビジネスと地政学・経済安全保障』(日経BP)をご参照ください。

こちら↓からご購入できます(Amazon:単行本、Kindle版)
『ビジネスと地政学・経済安全保障』

オウルズコンサルティンググループは、所属コンサルタントの多くが戦略コンサルティングファーム出身であり、経営戦略・グローバル事業戦略のプロジェクトを多数リードした経験と、通商・地政学・経済安全保障領域の専門性を併せ持つチーム体制を構築しています。

実効性のある地政学リスク対応支援をご希望の方は、お問い合わせフォームよりぜひお問い合わせください。

関連サービス紹介:
地政学リスク・経済安全保障対応支援

/contact/